シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

ミュンヘン

上映時間3時間の堂々たる大作だが、時間はまったく気にならなかった。
あちこちで指摘されている通り、舞台こそPLO活動の盛んだった70年代だが、9.11後のアメリカの政策がテーマになっている。
「相手の攻撃に報復する」からエスカレートして「攻撃してきそうな敵に先制攻撃を喰らわす」事は是か非か?
主人公アヴナーは任務を引き受け実行した後、その問いに「NO」と答える。
注目すべきは、イスラエル政府は、奴らに判らせる、ために行うと言っているのに、アヴナー達との関係は極力絶とうとする。
「奴らは勝手に殺された」と「俺達に手を出す者は只じゃ済まない」は両立するのか?
このへんについては、また纏めて書こうと思う。
 
追記: 2/23パレスチナ自治区ヨルダン川西岸北部ナブルスの難民キャンプで5人のパレスチナ人がイスラエル軍によって殺害された。24日、ガザでも2人が射殺された。
イスラエルパレスチナに関して「暴力の応酬」と呼ぶのは間違っている。
力関係が全く異なり、被害者の数も違いすぎる関係を「応酬」と呼ぶ事は、その非対称性を隠してしまう。
子供が靴を踏んだからと半殺しにするヤクザの関係を「互いにやり合った」と表現するようなものだ。
これは、アメリカの対テロ戦争も同じ。