シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

作物の多用途性と多様性

最近、自給自足を営もうという人に話を聞くことがあった。で、当然米作りにも乗り出すとのことで、どんな稲を育てるのか訪ねてみた。答えは「コシヒカリ」だった。自給自足でもやっぱりコシヒカリを作るのだね。美味しい米が作りたい、って事だろうか。
コシヒカリプロジェクトXでも取り上げられたことがあったが、非常に手間の掛かる米だ。虫や病気、悪天候に弱く、施肥、消毒、草取りが欠かせない。無農薬、有機肥料で挑戦するにはハードルが高い。にも係わらず、自給自足生活をしようとする人にまでコシヒカリ栽培、というのは、それだけコシヒカリ信仰が広がっているということなのだろう。

日本ではコシヒカリの作付面積は年々拡大している。簡単に言うとコシヒカリの一人勝ち状態なのだ。他の品種はどんどん作付面積が減り、失われていく品種も多いと聞く。各地の農業試験場でも新規開発の米はコシヒカリの派生種かコシヒカリのような風味の米であり、全国の米のコシヒカリ化が進んでいる。
だが、これは稲という作物の危機なのだ。

海外旅行をして市場を尋ねると、色とりどりの野菜類に目を奪われる。取り分け、種類の多い事にはビックリだ。なんでこんなに種類が多いんだろう、と考えてしまうのは、大概、その国の主食材である。南米ペルーならジャガイモ、メキシコならトウモロコシ、トウガラシ。ヨーロッパでは麦に多くの品種がある。パスタならデュラムセモリナなんてのは定番だ。チーズも豊富な種類がある。フランスならブドウ。
日本の稲に様々な種類がある。大きなくくりなら、ジャポニカ、インディカ。緑米、赤米なんてのもある。品種以外にも、米飯用、モチ用、酒米、油用(カネミ油事件は米油にPCBが溶けた事件)、タンパク質豊富なもの、馬などの家畜飼料用、稲藁用(日本の伝統生活に藁は欠かせなかった)、土壌改良用。コシヒカリササニシキ、きららやあきたこまちなんてのは、その中の米飯用に過ぎない、それだって多種類なのだ。

生活を支える動植物は、人間によって品種改良された事により、目的別に多くの種類が生み出される。日本の稲もその生活に密着する形で様々な品種が存在した。それは、日本文化の真髄と歴史そのものである。しかし、稲の果たしてきた役割が相対的に小さくなり、米飯の需要が減って、大量消費文化に適応する中で多くの品種が見捨てられるようになった。

米油は胚芽(つまり糠)部分に多く含まれるが、糠は廃棄物扱いだ。米飯が基準なら米油を多く含む米は望ましくない。
日本人の歴史的タンパク源としては、実は米の果たした役割は大きい。しかし、米のタンパク質グルテリンは食味を損なうとして、現在の品種改良では減らされる方向にある。
稲栽培に機械力が必需になって、丈の高い稲は適さない事から品種改良で丈の短い稲が栽培されるようになった。
利用次第では、その特質が巧く利用できる種も、現在は邪魔ものとして消え去ろうとしている。

生態系で見ると、多種が存在する方が安定性が高い、単一種のみの生態系は外的攪乱に脆弱である。虫害や病気、風水害、気象条件に対してダメージをもろに被る。多様性を持っている場合はリスクヘッジする事が出来る。だから、農薬のような病害虫に対する対抗手段を持たない江戸時代までは、単一種の稲を栽培することはなく、様々な種類の稲を育てていた。もちろん、目的に応じた利用も可能だったわけだ。
現在では、JAや各地の農業試験場の指導もあって、単一種の栽培が奨励される。売れセンに絞ぼるのだから資本主義としては正しいのだろうが、リスクヘッジの点からは望ましくはない。病害虫には農薬、気象条件に対しては施肥や機械力で対応するわけで、永続的な農業にはほど遠い事になる。

稲に限らない。多品種でありながら、単一種ばかりが奨励される動植物は珍しくない。
馬を見てみよう。日本の馬は在来馬と呼ばれているが、サラブレッド(まさに純血種、の意)と比べると体躯は小さく、見栄えはしない。走るのも速くはない。そのため、どんどん消え去ろうとしている。木曽馬や寒立馬、野間馬など僅かな在来馬が残るばかりだ。各地にはそれぞれ風土に適した馬が居たはずなのに。明治からの軍馬飼育の流れで単一種ばかりが優遇されたためである。

単一種優遇の究極が遺伝子組み換え(動)植物(GM)である。遺伝子組み換えによる「フランケンシュタインのモンスター」的扱いが取り沙汰され、また、GM推進者からは、その点ばかりが反駁されるが、本当の問題点は、GMが究極のモノカルチャーであるためなのだ。(GMについては、また後述する)

多種の植物をマトリクス状に栽培し、収穫を目的別に巧く利用する。そういうやりかたこそが、パーマカルチャー的、というか、持続可能な社会の必須手段ではないだろうか。

追記:アイガモ農法のアイガモの皆さん。藤枝市谷稲葉にて。彼らは近くの料亭で鴨料理になります。