シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

坂東眞砂子氏の猫殺しについて

最近、坂東眞砂子氏のエッセイが騒ぎになっているそうで。
あまり、情報に疎い自分は気づかなかったのだが、遅ればせながら文を読んでちょっと感想を書くことにする。というのも、もちろん物議を醸すだろうなというのは充分伺える事だったが、個人的に常々感じてきた事を思い出してしまったからだ。


件のエッセイを読むと、怒ると云うよりはずいぶん巧くない問題提起だな、という感想を持つ。明らかに、坂東眞砂子氏は自分の雑感を意味もなく垂れ流した訳では無いだろう。日経新聞に掲載しているのだから、そこでの反応がどういうものであるか充分に考慮していたはずだ。坂東氏が指摘したかった事はうっすらと判る気がする。人間の身勝手さに対する、露悪的な告発だ。その露悪さがどうにも巧くない。だが、野良猫対策に関する違和感に対しては、たぶん坂東氏と自分は一致しているだろう。


昔読んだ本でこんな話があった。平和部隊が創設され中南米で貧困対策活動に従事していた時のこと、彼らは貧困にあえぐ人々に断種、去勢を強制的に行ったのだという。中南米に限らないことだが、どこでも貧困層ほど出産率が高い。アフリカやアジア諸国出生率の高さは往々にして貧困と密接な関係がある。子供は物心つけば立派な労働力だ。一家の食い扶持を得るために彼らはよく働く。したがって、家族計画もクソもなくバンバン子供を作る。出生率も高いが、乳幼児死亡率も高い。死んだヤツは運が悪い、そういう扱いだ。日本を含めた先進国と異なり、第三世界の一大問題は人口増加であり、それにリンクして食糧問題も環境問題も生じる。従って、平和部隊が人口増加抑制に乗り出したのはある意味当然だった。だが、もちろんこのような強制的な人口抑制策は批判の対象となった。人々の自己決定権を奪ったのだし、生まれ出でるだろう子供たちの未来をも奪った、そういうことである。


べつに、アメリカだけではない。日本でもハンセン氏病患者の強制的断種が行われたことは記憶に新しい*1HIVキャリア者のセックスは、のちにヘイトスピーチ化したが、子供への感染を口実として批判対象になった。障害者や遺伝病患者に対しても、このような断種や堕胎を勧める動きは今もある。


だいたい、このような動きの中で口実にされるのが「生まれてくる子供たちが可哀想」というものだ。貧困に、病気に、偏見に、苦しめられるのが可哀想、ということで、問題なのはこれが主として「進歩的」と称する人々からも聞かれる言葉だったことだ。
生まれ出でてくる命は、たとえどんな姿形であろうとも、その命はそれ自身のものだと自分は思う。彼らは可哀想な存在などでない。彼等の命を全うし、貧困に病気に偏見にNo!と叫ぶ権利を持っている。それらと格闘し、もがき、這いずり生きる権利を持っている。それらに破れ、悲痛の中で生を終えるまでも彼等自身のものだ。誰もそれを可哀想などとは呼ばせない。


コミックス版の「風の谷のナウシカ」の結末がそれであった。腐海腐海の生物も、それどころか腐海の辺に生きる人たちも遺伝子操作の産物。世界が浄化された暁には役目を終えて消える存在、のはずだった。しかし、ナウシカはその運命に否と答える。ひとたび生まれた彼等は創造主の手を離れてしまった。彼等は場繋ぎの道具などではなく、それ自身生き抜いていく命なのだ。「命は闇に瞬く光だ」というナウシカの叫びは、世界の汚れに寄り添い、過酷な運命を受け入れ、しかしそれと静かに闘い続ける決意だった。


野良猫も同じ事である。彼等の命も彼等自身のものだ。軒下で眠り、小動物を捕らえたりゴミを漁り、縄張りを争い生き抜く生は彼等の権利である。人間が飼っていないと可哀想、などというのは人間側の勝手な理屈に過ぎない。
では、人間が飼い猫の、野良猫の去勢を行う必要はあるのか。自分はそれが必要だとは思わない。庭に糞をしようと、車を引っ掻こうと、小便を壁に引っかけようと、明け方に盛りが付いて騒ごうと気にならないからだ。糞は掃除すればいいし、車は今更傷を気にしたりしない。小便は洗えばいいし、さかりの声で起きるほど繊細でもない。
もちろん、それが気になる人はいるだろう。彼等には彼等で猫に生活を脅かされない権利がある。だから、「猫のため」などと言い訳しないで、「自分のために」猫を始末すればいいのである。追い出すも良し、踏みつけても、斬りつけても、撃っても、好きにすればいい。ただし、それは「自分のため」以外の理屈は付けようがない。全部引っくるめて背負えるのならば、それもいいだろう。生まれてきた子猫をも殺すのも、猫に断種を施すのも言い訳をしないこと。「自分のために殺す」覚悟をもって行うのなら、文句は言わない。言い訳をして、他人に顛末も責任も預けてしまうヤツが一番質が悪いのである。


坂東眞砂子氏の擁護などしない。彼女にとってもそんな事は本意では無いだろう。自分にとってイヤなのは、自分の行動の理由付けを他人のため、に転嫁することだ。野良猫対策も野良犬対策もまさにそれなのである。

風の谷のナウシカ 7

風の谷のナウシカ 7

「死んだ猫の101の利用法」
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=2564


追記:写真は志太泉酒造の「ニャンカップ
志太泉酒造
http://shidaizumi.com/

*1:ハンセン氏病は子供に体内感染しない。しかし、らい病と呼ばれた頃は子供にも遺伝すると考えられていた