シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

結と縛

タイトル、べつにSMの趣味があるわけではありません。いや、そういう方面を否定するつもりはないが、とりあえずエントリーとも関係がない。


「結ぶ」と「縛る」。最近、慣用句ぐらいにしか見なくなったこの行為。あなた、紐を結べますか?尊敬する嘉門達夫の歌の中に、「くつひもを何度結んでも竪結びになってしまう」というのがありますが、最近の子供の靴にはそもそも靴ひもがない。ベルクロ*1でベリベリやるタイプばかり。親も子供に紐の結び方を教えることなど無いようで、本結びと竪結びの違いさえ気にしない子供にビックリしたことがある。嘉門達夫の件の歌詞の部分は、彼らには理解できないだろう。


昔、キャンプを行う大学生にロープワークの基本的結び方、本結び、もやい結び*2、巻結びなどを教えたことがある。彼らのほとんどは本結び以外は出来なかった。生活の中で利用する機会が減っている結果である。
紐と紐を繋ぎ合わせる、または紐で何かを固定する技術、つまり結索術(結ぶ、縛る)は既に旧石器時代から存在していたようだ。石器時代の遺跡からは蔓などで編まれた篭や鏃や槍先を括り付けた部分などが見つかっている。人類が道具を使い始めた頃からの基本的スキル、それが結索術である。そのため、近代に入るまでは縛ると結ぶ技術はいたるところで利用されていた。身につけるもので云えば、服は帯を結んで着るものだったし、草鞋(わらじ)は足に結んで固定する履き物だった。家の構造もそうである。古民家の構造では「釘を使わない」、「木組み」工法がよく知られているが、「縛り」も家の至る所で利用されている。茅葺き屋根の茅を束や桁に固定するのは縄で縛りつけている。壁は土壁が利用される事が多かったが、柱と柱の間の貫などは縛ったり編み込んだりして下地を作っている。生活全般のいたるところに「結ぶと縛る」は利用されていたのだ。
結索術は日本だけのものではない。ヨーロッパでもロープワークはよく利用されていた。とりわけ航海術においてはロープワーク(結索術)は欠かせない技術の一つだった。船の速度の単位でノット(Knot)というのがあるが、結び目を示す言葉である。結び目のついたロープを洋上に浮かべて速度を測ったことに由来する。結び目に限らず航海においてロープワークは何かを結びつけたり、固定したり、帆を張ったりと至る所で利用されている。映画「ジョーズ」の中で、人食い鮫を退治に出掛けようとする船に乗り込む際に、海洋学者が船長に「縮め結びは出来るか?」と尋ねられるシーンがある。海洋学者の方は「どの程度縮める?」と尋ね返して当然出来る事をアピールしている。海の男にとっての基本的な技術であるわけだ。


物を結びつける事には、他にない大きな利点が存在する。それは衝撃吸収に優れている点である。例えば、棒と棒を結びつけて固定することを考えよう。そこに強い衝撃が掛かるとすると、棒が耐えられればだが、結び目が緩んだり、切れたりする可能性が高い。しかし、これを金具や継ぎ手などで固定した場合、衝撃は金具や継ぎ手に掛かり、棒を折ってしまう可能性が高い。結び目は衝撃吸収と共に安全装置の役目も果たす。屋根や束や桁、または壁の貫に利用されたのもこのためである。緩んだり切れたりすれば、縄を交換し縛り直せばよい。重みを巧く支え、構造材の破壊を防ぐのに結びは重要な役目を果たしたのだ。


北極に近いアリューシャン列島、その先住民であったアリュート達は、ウミヤック、カヤックと呼ばれるカヌーで漁や航海に乗り出したが、彼らの船は構造材は流木や海獣の骨からなり、革張りで船体を造っていた。その時構造材同士は革紐で結びつけられていたのだが、それがウミヤックやカヤックの強靱さの秘密である。寒風吹きすさぶ荒海で揺さぶられる衝撃を、革紐の結び目は摩擦と弾力で巧く殺す。紐が緩めば締め直し、切れれば交換する。現在のカヤックや(オープンデッキ)カヌーに利用されているようなアルミフレーム構造ではこうはいかない。衝撃は全て結節点に集中し、衝撃が強いとポッキリと折れてしまう。防ぐためには頑丈なフレーム構造にするしかない。似たような構造でありながら、アリュート達の船は柔構造であり、現在の船は剛構造なのだ。
建築構造で柔構造の優位性が唱えられて久しい。法隆寺五重塔をはじめとする日本伝統家屋の柔構造の耐震性、柔軟性は木組み構造にあると考えられている。それは確かだが、同時に結ぶと縛るにもその鍵があった事ももっと振り返られて良いのではないだろうか。


大袈裟な話にならなくても、普段の生活で簡単なロープワークが出来れば便利な点は数多い。買い物にマイバッグを持って行く、というのはよい事だが、風呂敷を利用できれば多様に役立つ上にかさばらない。あれも結ぶと縛る技術の一バリエーションである。
ロープワークはいざというときの防災にも役立つ。少し簡単なロープワーク勉強してみませんか。


アウトドアですぐ役立つロープワーク―写真とイラストですぐ結べる (るるぶDo!)

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追記:写真は安倍川に掛かる吊り橋

*1:マジックテープのこと。マジックテープは日本での商品名。ベルクロはアメリカでの商品名。一般名としてはテープファスナーとか面ファスナーと呼ばれる

*2:船を岸壁に固定する=舫うのに利用したため、この名がある