シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

ボビー

シネギャラリーで短期間の上映にも関わらず、客の入りはまばらだった。
エミリオ・エステベスが監督、ハリウッドスター勢揃いという豪華な作品。1968年のロバート・F・ケネディー(ボビー)暗殺と当時のアメリカを覆う閉塞感、その中でボビーに期待を掛けた人種も階級も異なる様々な人たちが暗殺の舞台となったアンバサダーホテルに集い交錯していく1日を描いている。


68年というのは、世界的に見ても動乱の時期だ。作品の中でも、活発化する公民権運動、激化するベトナム戦争反戦活動が描かれている。マーチン・ルーサー・キングJr.が暗殺されたのがわずか二ヶ月前の4月4日。フランスの五月革命、日本でも全共闘が興っている。翌年にはウッドストック音楽祭。この変革の時に登場したのが”ボビー”だった。
ジョン・F・ケネディー(JFK)の弟であり、かつての司法長官、マフィアとも渡り合っていた。理想主義と現実主義の間を巧みに渡り、アメリカ再生の鍵となるはずの彼に誰もが熱狂した。しかし、その夢もボビーの暗殺と共に消え失せてしまう。


それを端的に示すのが、チェコから来た女性記者ヤナチェック。彼女は「プラハの春」のただ中にあるチェコからボビーの取材に訪れる。ボビーの政治的ダメージを恐れるケネディー陣営は取材を認めないが、彼女は自分たちが”変わりつつある”事をアピールし、最後には取材を認めさせる。しかし、彼女の取材は事件によって達せられなかった。そして、映画では登場しないが、チェコはこの後ソ連による侵攻を受け、”変わっていく可能性”を失うことになる。変わりゆく社会への期待を行動力に変えるヤナチェックは後の悲劇を知らない。彼女の行動力が発揮されるほどに、待ち受ける悲劇が浮き彫りになる。


全編において、色濃く感じられるのは68年当時やボビーへの憧憬などではない。どちらかといえば、現在のアメリカの状況を暗喩している。人種偏見や不正な戦争への怒り、階級問題、etc。おそらくはブッシュ政権イラク戦争に対してのものだ。ボビーの死後、民主党候補はハンフリーとなり、ニクソンと熾烈な選挙戦のあげく、ニクソンが大統領となった。ニクソンは公約のベトナム撤退を行わず、北爆を継続。ラオスカンボジアに戦火を拡大した。のちにはウォーターゲート事件で退陣する。おそらく、ボビーが生きていたら、ニクソンが大統領になることはなかっただろう。
つまり、ブッシュとニクソンをダブらせているのだ。68年にボビーが死んだように、00年にアメリカの民主主義が死んだ。その後アメリカをミスリードしたのは、それにつけ込んだ人物達だった。
そういう背景が見えないと、この映画は興味深く見れないかもしれない。しかし、それを抜きにしても豪華な出演陣は一見の価値がある。


ボビー公式サイト
http://www.bobby-movie.net/


デミ・ムーアも、その夫役エミリオ・エステベスも良かったし*1ローレンス・フィッシュバーンはいつもの格好良さが全開。アンソニー・ホプキンスは「史上最速のインディアン」に続いて好々爺役で登場。既に、ハンニバル・レクター役など微塵もない。が、際だって素晴らしかったのがシャロン・ストーン。先だって「氷の微笑2」でラジー賞とされたが、ここでのホテルのメイク役は見事だった。シャロン・ストーンは「氷の微笑」でのセクシー女優、というレッテルが喧伝されるが、なかなか演技力のある女優だと思っている。少なくとも、何を演じても同じ、という”オレ様”っぷりの目立つイモ女優、ジュリア・ロバーツより良いと思っているのだが。


作品の難点は、なんといっても当時のアメリカの置かれていた背景を知らないと、ボビーに対する期待の高まりが理解できない、ということ。それから、残念なことに登場人物のエピソードが並列で、あまり交錯してこないこと。そのあたりが絡んでくると、もっと面白かったのにと思う。一応、実在した人物がモデルらしいんで、あまり勝手なことは出来なかったのかもしれない。

*1:現実にも彼等は破綻したカップルだった