シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

富士山静岡空港?富士山東京空港!

静岡県では、現在「富士山静岡空港」の建設が進められている。おかしな事に、土地の強制収用まで行って造られているにもかかわらず、県民の意識は「必要ない」という意見が多数を占める。
建設を担う静岡県は、そんな県民意識に焦ってか、やたら静岡空港の宣伝に躍起だ。
富士山静岡空港」という名前もそうした意識の表れである。
「海外の観光客に富士山がアピール出来る」とか「空港から富士が一望できる」だの、空港と富士山を結びつけようとする試みが盛んだ。おそらくは富士山の世界遺産登録、それも自然遺産ではなく文化遺産、に力を入れているのも、空港問題と関係しているだろう。


この富士山と空港を関連させる試み、空港の名前まで絡めて「富士山静岡空港」などと名付けてしまう傾注ぶり、その起源は何なのか、それを調べていたら意外な事が見えてきた。


もともと、富士山と静岡空港を絡めた発現は、小説家の神坂次郎氏の発言によるようだ。
神坂氏は「静岡空港フォーラム」で次のように発言した。
静岡空港を“富士空港”と名付ければ世界どこでも通用する」


歯車日記
http://watch-dog-timer.mine.nu/diary/d0308.html


これ以降、静岡空港と富士山を結びつけようとする言葉が飛び交うようになり、名前まで「富士山静岡空港」と名付けられるまでになった。神坂氏の言葉が現実化したわけだ。
だが、神坂氏の言葉には別の意味が隠されているように感じられるのである。


神坂氏は「元禄御畳奉行の日記」で知られるように、時代小説家である。資料や文献を丹念に調べた成果を鮮やかな筆致で描くのを得意とする。とりわけ、江戸時代の風俗に関して造詣が深い。その神坂氏の得意とする江戸時代、「富士山は江戸の山」だった。


富士山は江戸の庶民に深く馴染みのある山だったのだ。それは、「御嶽参り」や「富士講」、江戸の各所にある「富士」などに現れている。江戸時代に描かれた「名所図」などには、至るところで富士が描かれている。江戸をはじめとして関東一円のそこここから富士山を眺める事が出来たのだ。


鬼平犯科帳 彩色 江戸名所図解
http://homepage1.nifty.com/shimizumon/theme/fuji/fuji_02.html


江戸市中からの眺望対象の視認可能性に関する研究−富士を対象として
http://www.chikatsu-lab.g.dendai.ac.jp/s_forum/pdf/2004/08_sf04_yasui.pdf


ここで一つ疑問が浮かぶ、江戸名所図に描かれている富士山は、かなり大きく描かれている。デフォルメされているとしても、これほどハッキリ見えるものなのか。
で、地図を見て、ある単純な事に気づいた。


富士山からの距離は、「静岡空港」も「羽田空港」もほとんど変わらない、と言う事に。
地図がある人は、試して欲しい。web上の地図でもOKだ。羽田から富士山山頂も、牧ノ原から富士山山頂も数kmしか違わない。牧ノ原の空港が「富士山静岡空港」なら、羽田空港は「富士山東京空港」と名乗って良い事になる。もし、座間基地が返還か共用になって民間空港として利用できたら、「元祖富士山空港」と名乗る事ができるだろう。


つまり、「『富士山静岡空港』は富士山に近いです」とアピールすればするほど、「羽田空港は富士山に近いです」と言っているのと同じ事なのだ。富士山へのアクセスのしやすさでは、当然羽田に軍配が上がる。羽田を降りて京急と新幹線で新富士までは1時間とかからない。「富士山静岡空港」から富士山に行く手段は確立していない。おそらくはバスでアクセスする事になるだろう。
これは静岡空港を「観光振興の柱」と捉えている(らしい)伊豆にとっても同じ事だ。
富士山を引き合いに出す事で、羽田の優位性がクッキリと浮かび上がってしまうのである。牧ノ原−富士山の近さを強調すれば、羽田−富士山の近さも応答し、結局、牧ノ原(静岡)−羽田の近さが出てきてしまう。


これは、「空港、空港と騒いでいるけど、富士山を引き合いに出してみれば、東京(羽田)と指呼の先にあるじゃないか」という、神坂氏の秘やかな諧謔じゃなかっただろうか。


神坂氏が時代作家であることに気づけば、江戸と富士山の関係には簡単に思い至る。その裏を読み取れば、逆説めいた言葉に苦笑する他はない。だが、静岡県の行政担当者達は、逆説をまんまに捉えて宣伝に利用できると考えているようだ。もちろん、これは自分(シートン)の考えに過ぎないが。


静岡空港は当初の計画より大きく逸脱し、「アジアと国際交流を」と叫び始めている。たぶん、本当にそんな事を考えているのではなく、行政的失態を取り繕うものでしかない事は明らかだ。だが、そんな言い訳でさえも、静岡空港開港(予定)翌年の羽田新滑走路供用が始まればアジア枠で羽田空港との競争で衆目に晒される。もちろん、中部国際(セントレア)空港はアジア便が充実している。

“ふじのくに”タイでPR 知事ら使節
http://www.shizushin.com/local_politics/20070114000000000022.htm


「オープニング式典に先立ち、本県が独自に企画した「静岡イベント」が行われた。石川知事は「日本のシンボル・富士山のふもとにあるのが静岡県。富士山を将来に残そうと、世界文化遺産の登録を目指している」と紹介し、「富士山静岡空港がタイと路線が結ばれ、両国の交流が深まることを期待している」とタイの関係者らに呼び掛けた。芦川清司県議会議長も本県のお茶をPRした。」

空港認可を取り付けるために引き取った防災船「希望」が、最低入札価格を一円だけ上回る価格で処分されたように、「富士山静岡空港」も広大な更地として「一円」で売り払われる日が来るだろう*1。その日はそれほど先の事ではない。


元禄御畳奉行の日記 (中公文庫)

元禄御畳奉行の日記 (中公文庫)

*1:これを書いたあと、売却先会社の契約不履行により結局売却はされず、静岡県による処分が決定した。