シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

光市母子殺害事件雑感

たっぷり休んで再開一発目がこれ。あまり触れたくもない話なのだが、なにせニュースでは(NHKまでもが)連日取り上げる話なので、ちょいと述べる。相変わらず総リンチ状態である事には変わりが無いようでウンザリしてくる。
特に騒ぎのネタになっているのが、被告人が供述調書や1審、2審と証言を変えた事だ。


<光母子殺害>遺族の本村さん、改めて死刑判決求める陳述
本村さんは「(1、2審で)起訴事実を認め、反省していると情状酌量を求めていたが、すべてうそだと思っていいのか。ここでの発言が真実だとすれば君に絶望する。この罪に対し、生涯反省できないと思うからだ」と述べた。
Yahoo!ニュース−毎日新聞−より引用

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070920-00000113-mai-soci


本村さんが感情を害した事に関しては触れない。マスコミや周囲の反応はおおむね
「なぜ、今になって主張を変えたのか。(そんな主張は信用できない)」
というような感じだ。


だが、被告人が証言を変えた事情に関して云えば、とりわけ奇異な話ではない。

光市母子殺害差し戻し審 被告人質問の主なやりとり

弁護人「きょうは供述の変遷について聞きます。事件を起こしたことについて逮捕されたころどういう気持ちだったか」
 被告「ひと言ではなかなか言い表せませんが、たいへん重大なことをやってしまったという認識です」
 弁護人「逮捕翌日の検察官からの取り調べでレイプ目的の犯行だとする調書が作成されているが、このとき償いについて何か言われたか」
 被告「『生きて償いなさい』ということを言われた。『亡くなった奥さんとエッチした』と話したのだが、検事さんは『だんなさんがいるんだから、死後でもレイプじゃないか』という風に話を持っていかれた」
 弁護人「レイプ目的を認めなくて、何を言われたか」
 被告「『このまま言い張るようだったら、死刑の公算が高まる。でも、ぼくは生きて償ってほしい』と言われたので、調書にサインした」
 弁護人「調書についてはどう説明されたか」
 被告「調書というものはしゃべったことがそのまま載るのではなく、取り調べた人の印象や感想が載るものだと言われた」
Yahoo!ニュース −産経新聞−より引用

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070918-00000943-san-soci


取り調べにおいて、「罪を認めれば(警察や検察の筋書きに乗れば、の意)刑は軽くなる」と取り調べ担当者に囁かれて、それに従うケースは珍しくも無いはずだ。
つい最近でも、その事が問題になっているはずなのに。

男性に取材した朝日新聞よると、逮捕直後に自供を覆し容疑を否認したが、県警の取調官から「なんでそんなこと言うんだ」と怒鳴られ、「今後発言を覆さない」旨の念書を書かされたという。公判でも認め続けたことには、「何を言っても通用しないと思い込まされてしまった」と悔しさをにじませた。

男性によると、任意の取り調べの際、取調官から「家族が『お前に違いない、どうにでもしてくれ』と言っている」などと何度も迫られた。「犯行時間帯には電話をかけていた」と訴えても、取調官は「相手は電話を受けていないと言っている」と認めず、「家族にも信用されていないし何を言ってももうだめだ」という心境になったという。

逮捕後、思い直して、検察官と裁判官に対し一度は否認した。その後、県警の取調官から「なんでそんなこと言うんだ、バカヤロー」と怒鳴られた。翌日、当番弁護士にも否認した。すると、取調官から白紙の紙を渡され、「今後言ったことをひっくり返すことは一切いたしません」などと書かされ署名、指印させられた。「『はい』か『うん』以外は言うな」と言われ、質問には「はい」や「うん」と応じ続けたという。

起訴後の弁護士は国選で、数回やりとりをしたが、すでに取り調べで罪を認めざるを得ないと思い詰めていた。「否認しても信じてもらえない」と、公判でも一貫して認め続けた。
(強調は引用者による)

これは光市母子殺害事件ではない。
富山強姦冤罪事件の被告となった男性の告白だ。


富山冤罪事件
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/toyamaennzai.htm


鹿児島の選挙違反事件でも、自白を誘導し、調書を作り上げる点が問題となった。


県議選公選法違反事件 (asahi.com
http://mytown.asahi.com/kagoshima/newslist.php?d_id=4700026


静岡でも同じだ。御殿場事件が先日話題となった*1

「御殿場事件を忘れるな!」−御殿場事件の詳細−


警察は拘留中のAさんと友人9名に対して必要以上の言葉の暴力を浴びせた。
「お前がやったんだろ」と決め付けるだけならまだしも、
「一生刑務所から出られなくしてやる」
「お前は人間として扱わない」
などと青年達に圧力と恐怖心を与える取調べを行った。

精神的にも肉体的にも追い詰められたAさんと他の9名は、
「家族に迷惑もかかるし、自分がやったと言えばそれで済む」と考え、ウソの自白をするしかなかった。
事件に巻き込まれた10名のうちの1人、川井さんは警察の事情聴取の様子をこう語った。
「警察はあらかじめ事件のシナリオを作っていて、私は警察が言うことにただ頷くだけだった。私が犯行当時の様子を書いた図面も、既に警察が下書きを用意していて、そのとおりに書き写した」

http://f13.aaa.livedoor.jp/~hiroppe/gotenba/gotenba.htm


長野智子blog 御殿場事件・判決の矛盾
http://yaplog.jp/nagano/archive/297


これら、警察・検察の捜査手法は問題とされ、NHKのドキュメンタリーでも取り上げられた。

ETV特集 私はやっていない 〜えん罪はなぜ起きたか〜


今年の春、痴漢えん罪事件の実話をモデルにした映画『それでもボクはやってない』(周防正行監督)がヒットし、「えん罪」の問題が広く人々の関心を集めた。実際に痴漢えん罪は、警察が痴漢の取り締まりを強めた10年ほど前から頻発するようになり、社会問題にもなっている。今年はまた、富山の婦女暴行事件がえん罪だったことや、鹿児島の公職選挙法違反事件で被告たちが自白を強要されていたことが相次いで明らかになり、警察や司法への疑問の声も聞かれるようになった。


えん罪はなぜ起きたのか。なぜ人は無実の罪を「自白」してしまうのか。番組ではそれぞれの事件の当事者を取材し、その理由や背景を探っていく。


また番組の後半では、どうすればえん罪を防げるかを考える。最近、早期実現が叫ばれている「取調べの録画・録音」。取調べ室でのやりとりをすべて記録しておくことで、自白が信用できるかどうかを後で検証できるようにしようという試みだ。欧米のみならず韓国や香港、台湾などアジアでも採用され始めている。番組では、「積極的に取り入れるべし」という日弁連、「時期尚早」という最高検察庁警察庁にそれぞれの理由を取材。スタジオでは作家の佐木隆三さんやジャーナリストの江川紹子さん、元最高検察庁の検事で白鴎大学大学院の院長・土本武司さん、えん罪事件を数多く手がける弁護士の秋山賢三さんらゲストが議論する。

http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html


So-net blog 綿井健陽のチクチクpress
http://blog.so-net.ne.jp/watai/archive/20070919


こうした点から云えば、光市母子殺害事件被告が供述を翻したとしても、おかしな事ではない。
それが被害者遺族を傷つけたとしても、被告や弁護団が一方的に責を負う話でもない。
無期懲役で手打ち」の話を最高裁がひっくり返した段階で予想された事なのだから。


えん罪事件の時に問題となった取り調べ・調書作成の問題が、光市母子殺害事件で無視されるとするならば、それは事実から目をそらす態度だ。
ただ、被告を「高く吊せ!」と叫ぶための態度でしかない。皆の中で判決は既に出てしまっているのだ。


怪物は怪物でなくてはならない。それが怪物でない、となれば、その死をまともに見据える事が出来ないだろう。


正直に言ってしまえば、被告が死のうとも同情など出来そうもない。彼が犯した事は、償おうとしても償えるものじゃない。心情的には死刑になってしまえばいいのに、とさえ考える。それでも、民主主義国家の成員の一人として、法と適正な取り調べに則った裁きを求めなくてはならない。


残念な事に、自分の周囲でも被告と弁護団への風当たりは強い。被告を「さっさと死刑にしてしまえばいいのに。」とか、弁護団を指して「アイツ等何様だ?」という言葉を聞く。一般に、野球や政治、判断の分かれる問題は、日常会話で持ち出さないのが普通だ。揉めてしまう可能性が高いから。なのに、被告と弁護団を攻撃する言葉がポンポン出てしまうのは、それが一般のコンセンサスと化している事の表れだろう。自分も、死刑に反対、弁護団の主張はおかしなものでは無い、などとは口には出来ない。そんな事を口にすれば、どういう目で見られるかは想像がつくからだ。せいぜい、曖昧にやり過ごすのがオチだ。
口に出すだけの勇気は無い。だから、ここで書く。


我々は試されている。犯罪を犯したものも社会の成員の一人である、と認められるかどうか。犯罪を犯したものは怪物であり、自分たちとは関係が無い、と社会から排除してしまうのか。後者を選ぶならば、自分が何かの契機に社会から弾き出されようとした時に、救いの手を伸ばしてくれる者がいなくなる事を覚悟すべきだ。ゆめゆめ自分たちとは関係が無い、などと考えない方が良い。

*1:自分はこの事件に関して予断を持つつもりはない。問題は、警察の取り調べ、調書作成手法にある。