シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

ワーキング・プアは、労働現場だけじゃない

先日頂いたはてブコメントで紹介されていた


・賢いお買い物で世界がよくなると思ったら大間違い。かえって悪くするかもしれませんぞ。
http://tinyurl.com/35uty9


結構、ひどい内容なので、突っ込む。

(略)
 有機食品は、人工農薬や人工肥料を使わずに育成されるので、一般には化学製品に大きく頼った通常の集約型農業より環境に優しいと思われている。でもそれは「環境に優しい」という意味にもよる。農業は根本的に環境に悪いのだ。人間が 1 万 1 千年前に農業を採用して以来、すさまじい森林破壊が展開された。
でも 1960 年代の「緑の革命」の後で、化学肥料の多用によって、穀物の収量は三倍になったが耕地面積は大して増えずにすんだ。有機農法は、化学肥料のかわりに輪作や糞尿、堆肥に頼るので、集約度はずっと低い。だから世界のいまの農業生産を有機農法で生産しようとしたら、現在の数倍の農地が必要になり、森林はまったく残らないだろう。

いや、スゲぇデマ文章。いきなり、

農業は根本的に環境に悪いのだ。人間が 1 万 1 千年前に農業を採用して以来、すさまじい森林破壊が展開された。

って。この古くさい環境意識。弱っちまったね。たとえば、日本における稲作は、日本列島の環境を劇的に変化させたが、それを環境破壊、とは呼ばない。稲作における田は自然以上に生物多様性を担保するものだったからだ。その「有機肥料」や「薪炭エネルギー」源である森林-平地辺縁部は人間による適当な伐採=攪乱を受けることで、極相林以上に豊かになる。これがつまり「里山」。
で、大概の地域では、このへん巧く折り合いを付けた農業が行われてきた歴史があるのだ。


しかも、

有機農法は、化学肥料のかわりに輪作や糞尿、堆肥に頼るので、集約度はずっと低い。

まず、輪作と屎尿・堆肥による生産をごっちゃにしている段階でおかしい。
ヨーロッパではどういうわけか、屎尿を肥料として用いてこなかった。これが、あまり生産性の上がらない理由でもあり、さらに生産性を上げるために三圃制を取ってた理由でもある。連作を続けると地力が落ちるために、土地を休ませる、必要があったわけだ。
で、世界中の大概の地域はこの点を克服した伝統的農業が行われてた。人間の屎尿有機肥料として用いた事はもちろん、堆肥源としての「里山」の利用、「水田」利用による連作障害の回避。
現在の生物知識や土壌研究を生かすと、継続的な有機農業で収量を維持する事は可能なレベルなのである。

 フェアトレードは貧乏な農民の所得を上げようとしている。フェアトレード食品は、通常の食品より値段が高い。追加の分は補助金として農民に戻されることになっている。でも、農産物の価格が低いのは、作りすぎのせいだ。

これは、冗談で云ってるのか?

フェアトレード食品は価格をつり上げるから、農民たちは作りすぎの製品から他の作物に転作せずに、かえってその作物を作り続けるようにしてしまい、その結果かえって価格は引き下げられることになる。だからほとんどの農民にとっては、当初の意図とは正反対の結果を招くことになる。そしてフェアトレード食品の上乗せ価格分のごく一部しか農民にはわたらないので――ほとんどは小売り商に行く――この方式は金持ち消費者に自分たちの気前のよさを過大に評価させ、貧困削減を簡単なものにみせてしまう。


いや、もともと、農産物を作りすぎてしまう構図自体が、「農産物を安く買い叩く」事に発しているんだが。
日本でも似たような構図が起きたでしょう?農産物ではなく、タクシーで。
不況や規制緩和、とやらで利幅の下がる状況に直面したタクシー業界は、タクシー台数を増加することで収益を確保しようとした。で、さらに一台あたりの利益は下がり、困ったのは運転手。
これをパオロ・マッツァリーノは「頑張りスパイラル」と呼んでた。
最近、この点が見直しになったばかりでしょうに。


農産物に関して云えば、多国籍企業による買い付けでは、彼らに圧倒的な優位性がある。で、散々に農産物価格を安く買い叩く。小規模や自作農は安い価格では、収益が低いためにやっていけない。そこで、大規模農業経営者による寡占化が進むことになる。彼らは、さらに単価を安く(労働力は没落した小規模農や自作農が充てられる)、農作地を拡大(モノカルチャー化を進め、未開発地を開墾)して、収益を拡大する。この構図がずっと続いてきたわけだ。
つまり、現実はまるで逆。大規模化によってモノカルチャー化が進んできたし、それが生活のためにバランスの取れた植生管理、つまり前掲したアグロフォレストリーを営んできた伝統農を破壊しているのだ。
で、フェアトレードは、この流れを逆転させよう、という試みでもある。
フェアトレードにおいて、単純に買う価格だけ上げて良しとする事は無い。自分も関わった事があるが、現地の小規模、自作農を支え、大規模農に対抗できるように、そして、アグロフォレストリー(≒植生環境)を回復する指導までも含んだ試みが「フェアトレード」。

 でも、地元食品を支持する主張 (地産地消)、つまり消費者になるべく近いところで生産された食品を食べようという主張は文句なしなんじゃないの? なるべく食物に移動させず、結果として炭酸ガスも少なくてすむのはまちがいないのでは? 驚くなかれ、これもダメなのだ。イギリスの食料を調査したところ、食料の移動距離のほぼ半分(つまり食料を運ぶ車の移動距離)は、買い物客が商店に行き来するときに生じる。ほとんどの人は、畑よりはスーパーマーケットの近くに住んでいるので、地元食品を重視すると、生産者に直接みんなが買い物にでかけてかえって移動距離は増える。食物を運ぶのに、スーパーマーケット式にぎっしり詰め込んだトラックを使うのが、食物輸送にいちばん効率がよい方式なのだ。

いや、これもひでーな。ちょっと前から説明しているが、大規模小売店舗(ビッグボックス)は車の存在無しには成り立たず、コンパクトシティーでは、地元商店街のような存在が重要になってくる。イギリスでも同じで、ビッグボックスの存在が地方小規模商店を圧迫し、社会問題となっている。それを見直そう、という動きもキチンとあるわけだ。で、その一つが「地産地消」である。
つまり、前提がそもそも違うわけだ。「地産地消」とは、各生産者の元に各々買い付けに行く事じゃない。地域の生産者から集めた生産物を、「地域商店」で、「自動車無しに」買うところにある。単純に、社会構造の変化を無視して生産者から買い付ければいい、という話などじゃない。


もっとも、個人レベルでいえばこういう事も可能だ。
自分は米は近所の農家から買っている。買いに行くには自転車。この時期なら、大根や白菜、みかんなども近所の農家から買ってくる。時には徒歩でも大丈夫。化石燃料使用はゼロ、である。

 さらに、輸送だけでなく生産に使われるエネルギーまで考慮すると、地元食品 (地産地消) はもっと環境に優しくないことがわかる。羊をニュージーランドで育ててイギリスに運ぶほうが、イギリスで羊を育てるよりも使うエネルギーが少ない。ニュージーランドの牧羊はあまりエネルギーを使わないからだ。

これも、実際にオーストラリアとニュージーランドへ行った身とすると、ひどい話。
つまり、ニュージーランドでの牧羊が“あまりエネルギーを使わない”理由が、もともと温帯の大森林地帯であったニュージーランドの地をジャンジャン伐採、開墾して牧羊地にしたためである。この時にマオリとの衝突が幾度と無く起きている。オーストラリアも同じ。で、どちらの無軌道だった牧羊・牧畜は、特に渇水が起きているオーストラリアで問題となっている。その野放図な牧羊の影響をまともにくらったのが、イギリス本土の牧羊。オーストラリアとニュージーランドに対抗するためにエネルギーを使う事で対応してきた。その構図を無視しても仕方がない。
イギリスにおける牧羊の復活は、同時にニュージーランド・オーストラリアの自然破壊に対する反省も含んでいるのだ。

そして地元食品 (地産地消) 運動は、金持ち国が貧乏国の産物を買うのを否定するので、フェアトレード食品と矛盾することになるのは言うまでもない。でも地元食品 (地産地消) 運動は、どう見ても古くさい保護主義が環境運動で偽装しているだけのようだし、たぶん貧乏国のことはどうでもいいのだろう。

なんでそうなるかなぁ。フェアトレードに関わっている実際の農産物が何だか知らないのかな。
自分で云えば、「チョコレート」と「コーヒー」、そして「バナナ」だ。
つまり、日本じゃ(たぶん、イギリスでも)近自然的な農業では手に入れられない産物ばかりなのよ。もともとの貿易の原点でもある、自分たちでは手に入らないものを手に入れる。それに対する正当な対価を払う。で、彼ら(貿易先)も(大概のものは)地産地消出来るように手助けする。
それが、「フェアトレード」の精神。

なので、

変化をもたらすには

 倫理的食品運動のねらいの多く――環境を保護し、開発をうながして、グローバル貿易の歪みをただそうとすること――は立派なものだ。問題は目的ではなく手段だ。フェアトレードのコーヒーをいくら買ったところで貧困はなくならないし、有機アスパラガスをいくら食べても地球は救われない。倫理的と称して売られている食品の一部は、世界をかえって悪くしてしまうかもしれない。

このへんは、的外れと云うしかない。

 では倫理的な心根の消費者はどうするべきだろう。残念ながら、お買い物よりは楽しくないことをするしかない。本当の変化は、世界的な炭素税や世界貿易方式の改革、農産物関税や農業補助金の廃止といった形で政府の行動を必要とする。特にヨーロッパのとんでもない共通農業政策は、金持ち農民を甘やかし、貧乏国の産物をヨーロッパ市場から閉め出してしまう。正しい自由貿易こそが貧乏農民を助ける方法としては文句なしに最高だ。炭素税は炭酸ガス排出のコストを商品価格に組み込むし、それが省エネになるなら商店は近郊で仕入れるインセンティブができる。でもこうした変化はむずかしい国際的な政治取引によってのみ実現される。世界の政府はこれまでそれに成功していない。

炭素税や排出権取引に関しては、条件付き賛成、だが、「農産物関税や農業補助金の廃止」というか、「貿易自由化」にはまったく反対だ。
日本においても、貿易自由化を求めるクソ共は、「農民のゴネ得」的な言葉を浴びせるが、それは違う。むしろ、「貿易自由化」こそが、「大メーカーのゴネ得」に過ぎず、貿易自由化とは、農水林産物と輸出加工品のバーターに過ぎない。
たんに、日本の輸出品に関税を掛けられないために、こちらも関税を取り払う、それだけの事でしかない。このへんは、別のエントリーで述べることにする。

 倫理的食品運動拡大のよい点は、希望の基盤がそこにはあるということだ。変化を求める声が大量にあり、政府が環境保護や貿易改革や開発促進に手を尽くしていないという不満が広がっているという信号をそれは送ることになる。つまり、政治家がそれを政治メニューにのせれば、支持が得られるかもしれないということだ。買い物かごで世界を変えるという発想は魅力的かもしれない。でも消費者が本当に変化を望むなら、投票はやっぱり投票箱でやらなくてはならないのだ。

出来ることが「投票箱への投票」だけ、というのが既にヌルい話だ。別エントリーでも説明したが、各国の活動家は、しなやかにタフに集団交渉を行い、自分たちをアピールし、各国政府に対して行動を促している。


どうにも、アホな文章だった。まぁ、エコノミストじゃしょうがないか、という気がする。
環境活動の現場をきちんと取材しているとも思えないし、そもそも「サッチャーのシッポ」か「太鼓持ち」でしかないわけだから。
ネオリベ御用達の雑誌みたいなものを貧乏人がありがたがるほど滑稽な話も無い。


生産・消費の現場でグローバリズムを批判的に見ると上記の話になる。
対して、労働の現場で考えるとどうか、といえば、NHKの「ワーキング・プア」シリーズが参考になるだろう。つまり、グローバル化の影響というのは、生産・消費の場を貧しく身もフタもないものにするのだが、労働現場も同様だ、ということ。


NHKスペシャルワーキングプアIII 解決への道」の感想(紙屋研究所
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/workingpoor5.html


労働力流出先のインド(または中国)の現場においても楽な話じゃない。インド(や中国)の物価から考えれば良い給与、と云えるかも知れないが、どんどん給与水準の引き下げ圧力は強まるだろう。彼ら(彼女ら)は先進国労働者以上にすげ替えの効く存在だからだ。本来であれば、労働環境の維持に努めるべき政府はむしろ消極的なわけだし。このへんは、日本でも同様だった事を忘れるべきじゃない。


結局、グローバル経済とは、世界を舞台にした「焼き畑経済」といえるかも知れない。行き着くとこまで行けば、ほんの一握りの人々が富をガッチリ握り、後は“グローバル”な貧困状態におかれる、という究極の二極分化になるのだろう。
まさか、社会主義国家が消滅した21世紀になってから、マルクスの予想(というべきか)が当たるとはね。


さて、ちょっと興味深い話。コンパクトシティがらみで調べていた時に、アメリカでウォールマートを糾弾する動きがあることを知った。


 Wal-Mart You Don't Know(あなたが知らないウォールマート)*1
http://www.fastcompany.com/magazine/77/walmart.html


簡単に説明すればこうだ。ウォールマートは商品価格を引き下げる事に熱心だ。そして、ビッグボックス(郊外大規模小売り店舗)を全米各地に出店させる。
だが、ウォールマートの値引き方は、生産・流通の現場さえも強圧的に押さえ込む事で値引きを強要し、従わなければ海外の移転をちらつかせる。実際に移転も行う。その海外生産現場でもさんざん値切る。
結果として、アメリカでは
・労働環境を失わせ(非正規化の促進)
生産現場を海外に移し
・競争相手を葬っている
と指摘されているのだ*2
で、こうして非正規雇用に甘んじた人々の御用達がウォールマートなのである。安いから。かくして、ウォールマートの売り上げは伸び、さらに市場での支配力を強める。
つまり、ウォールマートによる“負のスパイラル”と云うことだ。
日本でどう取り上げられているかは微妙だが、ウォールマートはアメリカでは蛇蝎のごとく嫌われているのである。


労働・生産・消費は全部繋がり合っているわけで、労働問題になると熱心に食いつくみんなが、農業問題になると、「農家に補助金を出すなんて」とか「農業市場も規制緩和・自由化を進めろ」と云ってしまうのは、想像力の欠如と云うべきか。

*1:その他にもyou don't know + WalMart で調べると色々出てくる

*2:たぶん、ウォールマートの経営手法はトヨタに学んでいる