シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

自滅する地方 〜回答編〜

だいぶ遅くなりましたが、色々とコメントいただきましたので、追加で考えていきたいと思います。

コメント欄より


kumokumoさん。

名古屋在住のものですが、考えが甘くないですか?
歩くことができる街をつくることがどれほど難しいか・・・東京政府の規制が無ければなんとかなりそうだけど、今の全国一律制度じゃ無理ですよ

難しいことは確かですね。でも、最大の問題は政府の規制うんぬん以前に“Walkable”な街、を考慮だにしなかった事じゃないかと思います。従来、開発といえば“car oriented”(自動車指向)であり、それが素晴らしい事と捉えてきました。道路特定財源問題の一連の騒動を見ればわかりますよね。現在のITS計画などは、その極致とも云えるでしょう。

地方に予算も無く権限も無く、代わり映えの無い街にしかできんでしょうが・・・
地方都市を見捨て、地方のど田舎を助けようとする東京。関東と地方のど田舎しか見てない


今までも書いてきましたが、問題を捉えるという点で障害となるのは「地方都市」自体です。つまり、都市となり得ていないにも関わらず「都市」を僭称する事に問題があると云えます。

しかも今後も緊縮財政オンリー、頑張った愛知や三重は法人二税を吸い取られ。。

お住まいになられている方に申し訳なく思いますが、名古屋は最も“歩きにくい”街の一つですよね。トヨタのお膝元?であるせいか、徹底的に“自動車指向”です。名古屋駅周辺でも歩くには向かない。代わりに地下街が発達してるんですかね。


Xさん。

東京山手線周辺こそがジェイコブスの原則に最も反する街です。

すでに、レイランダーさんが応えてくださってますけど、

第一に、都市の各地区は二つ以上の機能を持つべきである→商業は都心に、住宅は郊外と極端に分離

第二に、長く広い道路は人の往来を分断→山手線、中央線、各種幹線道路で分断

第三に・・・高額の家賃を払えない若手事業者などは入居できなくなるからである→日本で最も家賃が高い区域である

第四に、各地区の人口密度は充分に高くなければならない→夜間人口密度は極端に低い

私も実際に歩いてみるまでは、東京にそういうイメージを描いていました。ところが、意外なほど新宿や代々木、原宿駅周辺は小さな商店も飲食店も、住居さえもあったのです。駅間距離はざっと1kmほど。ちょうど生活圏がまとまっている感じなのです。


つまり、東京は時代的にも複層的な構造を持っている都市なのですね。もともと江戸は“歩いて移動する”事を前提に造られた街*1です。その上に、明治以降山手線など鉄道ぞいに“帝都”東京の街が造られました。これは、まだコンパクトな街です。そして、戦後の人口増大と著しい経済成長によって登場した“メトロポリス(国際都市)”東京。これは、ル・コルビュジエの「輝く都市」をモデルとした都市で*2す。XXさんが認識している東京の街々はこれに当たるのでしょう。でも、意外にまだ歩いて楽しい“古き東京”が残っていた、という事なのです。

歩いてみて楽しい町は「観光向き」ということであって、住むのに向いていないと言う事であり、ジェーン・ジェイコブスやアレグサンダーの提唱する「人の住みやすい街」とは真逆です。歌舞伎町なんか典型です。

歌舞伎町については意見を留保しますが、歩いて楽しい町が「観光向き」であって、住むのに向いていない、というのは明らかに間違いです。以前紹介した海外の例、ドイツのフライブルクアメリカのポートランド、ブラジルのクリチバは、いずれも住民の満足度が高く、住民の政策参加が盛んな都市です。

駅周辺に居座り再開発を妨げるおかしな地権者が排除されて猥雑な町並みでなくなることを望んでいる東京区民の方が多いでしょう。区民の大半を占める、毎朝、満員電車に揺られて出勤するサラリーマンならなおさら。朝の忙しい時に、狭い街路を行き交う人々、それをすり抜けるような車や自転車のなかを掻き分けて出勤するような冒険よりも、整備された歩道を歩きたいのですよ。

もともと、歩いて楽しい(walkable)な街、とは職住接近、が基本です。それに狭い街路での最大の障害は自動車ではないかと思います。その場合、(現在の)再開発は、むしろ自動車を呼び込むような形になるでしょう。その方が徒歩では移動しにくくなります。
そして、新宿の朝夕でしたが、歩道の整備された街路より、むしろ歩きにくい筈の狭い街路の方を移動する人が多かったのです。たぶん、人は合理性だけでは割り切れないのですよ。


木村さん。

地方では歩くことの方が車での移動より贅沢になってしまったんですね。
考えてみれば地方の商店街の沈下もその流れの一つなのかも。

私も再三書いてきましたが、郊外化、モータリゼーション、商店街の衰退は、三題噺のように密接に関連しています。逆もまた真なりでしょう。郊外化、自動車の抑制が商店街を復活させる事になるのかもしれません。


デミトリーさん

http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2007/0617/index.html
ル・コルビュジエの名前はこの↑番組で初めて知りました。見ていて建築に機能性重視の視点を持ち込んだのはそれなりに意味が有ったと思いましたが、彼の作る物そのままだと殺風景に過ぎて個人的にはややシンドイものを感じました。この辺はバランスの問題でしょうか…

これは、コルビュジエの建築の最大の欠点でしょうね。公共建築に留まるのであれば、合理的で機能的な建築は有用でしょうけど、人が暮らすとなると違ってくるのだと思います。
まぁ、コルビュジエの時代は80年近くも前ですからね。

Xさんの仰るようにスムースに移動できないのも困りものですが、人は何も通勤の為だけに道を歩くのでもないですから機能的に過ぎる町並みだと暮らしててツライですね。
あとkumokumoさんのお話をうかがってるとウォルフレンの、日本の官僚について書かれた本を思い出しました。一般国民が政治に携わる余裕を奪われ、行政の手綱を握る者がいないと言うアレです。どんな街を作るかと言う事と、それをどうやって実現するかと言う事は別かもしれませんね。

このへんなんですが、実際、政治家や官僚については他国も大差ないようです。大きな違いは市民意識でしょう。文末に幾つか載せた参考文献には、地域住民がいかに都市計画なり(再)開発計画に自分たちの意見を盛り込んでいくか、どう行政や企業と渡り合うか、が記されています。
逆に言うと、それが無いと殺伐として行政コストを跳ね上げる構造の街になってしまう、という事なのでしょう。


Xさん

それは仰る通りです。
「歩いて楽しい町」の趣旨は私も理解できます。「職住近接」の手ごろなサイズの街で、それができれば素晴らしいですね。
でも東京山手線周辺は「暮らす」のではなく「通勤する」街だから、暮らしやすさより通勤のしやすさが大事です。東京山手線周辺の昼間人口の大部分は、郊外からの通勤サラリーマンであり、また東京山手線周辺の公共サービスを支えているのも、通勤サラリーマンが勤めている企業の法人税事業税です。彼らは暮らしやすい街だから通勤しているのではなく、企業があるから通勤しているだけであり、道が狭いのは暮らしやすくするためではなく、戦後の混乱期に地権関係が複雑に入り乱れて収拾がつかなかったからです。
「歩いて楽しい町」を賞賛する人の大半は、毎日満員電車に乗らなくても良いような仕事の人ばかりです。でも東京を支えているのは「歩いて楽しい町」を賞賛する人でも地元民でもありません。もし、大企業と大学(馬鹿にならないですよ)をごっそりよそに移したら、如何に「歩いて楽しい町」であろうと、その辺の寂れた地方都市と同じ運命になるのです。

これは違います。実は、法人税に頼った「まちづくり」を行う自治体ほど、郊外化の進んだ街を造りたがるのです。これは郊外化が進むほど住民あたりの行政コストが上がるため、それを補うために企業の誘致を行うようになるのですが、誘致に成功したところは一層の郊外化を進めるのです。
なぜ、地元商店街の苦境を省みず大規模小売店舗(ビッグ・ボックス・リテール)や幹線道路沿いのロードショップ出店を認めるか、といえば、法人税と固定資産税狙いなのです。ですが、実際には地域にとってマイナスに働くようですけど。


一番適当な例は、栃木県の宇都宮が挙げられるかもしれません。ホンダの城下町である宇都宮は日本でも有数の「郊外化」の進んだ地方「都市」です。宇都宮近郊の幹線道路のロードショップには辟易させられます。同時に駅前や商店街の衰退も進んでいます。同様の事態は北関東一円で起きていますから、大規模専門店(カテゴリー・キラー)のヤマダ電機DIYで急成長したカインズホームが北関東から出てきたのは当然の事とも云えます。

再開発された地方都市が上手くいかないのは再開発のためではなく、再開発を駅周辺商店街が受け入れる時には、もう手遅れになっているからです。元気な駅周辺では、周辺住民は「たまたま駅周辺に元々住んでいた」という既得権を絶対に手放そうとはせず、再開発を受入れる事はありません。再開発を受け入れる時は、既に駅周辺の集人力は衰え果て、駅周辺に土地を持っている事が何の既得権にもならなくなった時です。それで再開発が成功するわけが無い。もう手遅れ。

これも違います。再開発の問題点に関しては、既に拙ブログで説明しました。再開発、を早くに受け入れたところほど衰退は激しいのです。つまり、再開発の方向が間違っていた、ということです。


レイランダーさん

道路に関しても、たとえば新宿・渋谷・上野・池袋みたいな大きなターミナル駅あたりには、車がビュンビュン走る太い幹線道路が横切ったりしてますが、たとえば新宿の隣、大久保とか高田馬場みたいに一回り小さい繁華街になると、もっと狭い道路です。車の少ない時なら、信号のないところでも歩いて渡れちゃうくらい。
シートンさんは行かれなかったようですが、僕はこの2つの街が結構歩いていて気分がいいです。英語のstreetっていう言葉が割りと当てはまる、居住区と商業空間がごっちゃになってる通りがダラダラと続くので。

エントリーには載せませんでしたが、以前、大久保や高田馬場は散策したことがあります。都電荒川線にも乗りました。この、僅かに残るかつての“帝都東京”の姿が自分は気に入っているのかもしれません。
英語にはstreet以外に、road、avenue、とありますね。その違いが街というものを示す手掛かりになっている気がします。


はてなブックマークより


watarigarasuさん

生活 心情的には雑然とした町並みも好きだけど、災害に対する強さを考えるとそうともいってられないかもです。

以前、消防の偉い人と雑談していたとき、彼の理想とする街、というのが
「道路は広く格子状。建物は鉄筋コンクリートでガッチリ、窓は小さい。街路樹などは無し」
でありました。何か災害が発生した時の事を考えるとこうなるわけですね。消防官としては当然なのでしょうが、自分はそんな街には住みたくないな、と思ったものです。
防災に合わせて街を造るのも手でしょうけど、その街にあった防災方法というのもあるのではないか、とも考えるのですよ。


ttpoohさん

土木・建築 言いたいことはすごく分かるけど・・・とりあえず広く優雅な一戸建てとは思いっきり矛盾するし、経済性を考えると難しそう。

経済性ではむしろ街をコンパクトにまとめる方が安くつくことは常識になりつつあります。だから、東北各都市が「コンパクトシティ」構想に踏み切るわけで。むしろ、徹底しない事や、自動車排除を行わない事が失敗の原因となるでしょう。
ただ、戦後日本では、持ち家(=優雅な一戸建て)が“庶民の夢”として推奨される方向にありました。これが東京の職住分離を生む事になったわけですが。このマイホームの夢は、問題になりそうな気がしますね。


takeishiさん

歩きやすさ、や賑わいについて、は最近読んだコレhttp://www1k.mesh.ne.jp/toshikei/173.htmでも言ってた。ここhttp://d.hatena.ne.jp/hachi/20080110#p2経由。

藻谷氏、私の読んだ本にも掲載されてました。身も蓋もありませんが、率直な意見ですよね。否定のしようもないくらい。ありがとうございます。


mantrapriさん

歩いて楽しい町は、車では通りづらい町。ここらへんに対立の構図がありそう・・・

これも、一戸建てと共に歩きやすい街の妨げになりますね。
一戸建ても自動車社会も成長を前提とした社会において維持出来たものです。ですから、今後の高齢化・低成長・人口減時代にそのままやっていけるとは思えないのですよ。時間の問題に過ぎません。ですから、単に歩きやすい、というだけではなく、今の「都市」の有り様は考え直すべきだと思います。


blackspringさん

去年、長野の上田市の幹線道路沿いを3キロばかり歩いたのだが、犬の散歩している一人しかすれ違わなかった。そもそも歩いて行くって言ったら家人に驚かれた。歩道は立派だがそこを歩く人がいない印象。

私も去年上田市で同じ体験しました。駅前の衰退に対して、幹線道路沿いのロードショップやショッピングセンターに車が詰めかけ、居酒屋さえ道沿いにあって駐車場の広さが売れ行きを左右するとの事。でも、意外に古い町並みはいいところがあるんですよね。再開発でつぶされなきゃいいんですが。


じゃあ、自分たちの足下はどうなの?という事で、近日中にヒマをみて「静岡市」の事例を取り上げようと思います。コレクタさんの御指摘についても、意見を述べるつもりです。


nikkeibp.jp - 専門家の眼 - 入門「近自然学」
http://www.nikkeibp.co.jp/jp/report/expert/index13.html

世界の注目を集める最先端エコロジー住宅地(前・後編)

http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/report/071127_freiburg01/

http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/report/071204_freiburg02/

カリフォルニアのデイビス(デービス)というところ
http://blog.goo.ne.jp/forever2xxx/e/f478fd382347ed991601cccf17cbbc23

*1:主として現在の東京の東側が当時の江戸中心

*2:明治期の帝都計画や震災後の計画も近代的都市構想ではあるが、一般に徹底していたとは言い難い