シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

 テロリストの正体とは?  マンデラの名も無き看守

1968年、南アフリカ喜望峰の沖合に浮かぶベロン島。政治犯収容の刑務所で知られるこの島に配属された刑務官グレゴリー。彼は政府高官より、ある囚人の世話、監視役を務めるよう命じられる。その囚人の名はマンデラ。反アパルトヘイトを掲げ武装闘争さえ辞さない彼らの動きを知るため、手紙や面会を検閲しろ、というのだ。グレゴリーは少年時代、黒人の少年と過ごした経験があり、コーサ語を理解出来たため、その任に適していると考えられたのだ。アパルトヘイト政策に疑問を持たないグレゴリーは意欲満々でその任に着くのだが。


原題は“good-bye! BUFANA”。BUFANAはグレゴリーの少年時代の友人の名。示す所が徐々に判ってくる。当初は熱心にマンデラをスパイするグレゴリーだったが、マンデラの息子の死に自分の活動が関連しているのではないか、と思い悩むあたりから対応が変わってくる。悪逆なテロリスト、としてしか扱われないマンデラやANCが本当はいかなる事を目標に掲げているのかを知るに至り、彼は自らの任務やアパルトヘイト自身に疑問を抱き始める。その思いが面会に来たマンデラ夫人にクリスマスプレゼントをこっそり仲介させるが、その事が明るみに出ると、彼は白人社会から異端視されるのだ。任務に嫌気が差し、ベロン島を離れるグレゴリー一家。しかし、内外の政治状況変化は彼とマンデラの信頼関係に頼らざるを得なくなる。
そして、終焉の時。デクラークによってアパルトヘイト政策は終わりを告げ、マンデラも自由の身になる。実に、30年近くも獄にありながら、反アパルトヘイトを掲げたマンデラのカリスマ性が窺える話だ。


印象的だったのが、南アの白人層、それもアフリカーナーと呼ばれるドイツ・オランダ系住民の意識。グレゴリーを演じたジョセフ・ファインズも、妻役のダイアン・クルーガーも、アフリカーンス風英語を喋るのだが、彼らはアパルトヘイト政策を正しいものとし、黒人差別は、それが当然のものだと見なしている。しかし、子供を連れて海岸に出掛けた際に出くわした黒人政治犯の扱いを子供に見せまいとする。子供達の当然の疑問に応える事が出来ないグレゴリー達。相手が「テロリストだ」ということで扱いを正当化してしまう。
テロ活動による政治的主張に耳を傾けるべきではないが、しかし、その背景と要求には応えなければ、いたずらに争いを呼ぶ事を訴えている。
そして、妻役のクルーガーの変化。それは、アフリカーナーの意識の変化そのものといえるかもしれない。彼女は悪魔扱いしていたマンデラに深い敬意を寄せるようになるのである。


さて、我々が知っておくべき事。それは、アパルトヘイト政策時、国際世論に反して日本やイギリス(サッチャー政権)は、南アに対する経済制裁に反対していた。南アの経済はダイヤ・貴金属が主要品で、経済制裁北朝鮮へのそれに比べ効果があったにもかかわらず、賛同しなかったのである。日本が人権後進国扱いされる所以の一つである。そして、日本の保守・ネオリベのヒロイン?サッチャーがどういう人物であったか物語る話でもある。当時、南アはANCの掃討とともに、アフリカ南部への支配権を打ち立てるため、ナミビアザンビアアンゴラ内戦にも介入を図っている。しかも、イスラエルと共にNPTに加盟せず、核兵器開発を行った。その南アに対して日本は名誉白人として実に寛大だった。日本の保守メンタリティーというものがどういうものかわかるだろう。


最後に。デクラーク元大統領は、マンデラ元大統領に比べると今一つ影が薄い。一緒にノーベル賞を受賞しているにもかかわらず。彼が大きな混乱無くアパルトヘイト終結させ、政権をマンデラに譲ったことは大きく評価されて良いと思う。それが、プラグマティズムから来たものであったとしてもだ。彼は、南アの白人層に裏切り者扱いされているという。