「言論の自由」「ネットで支持も」田母神氏、強気に持論
http://www.asahi.com/politics/update/1111/TKY200811110181.html
しかし、田母神氏は、落ち着いた様子で次から次へと持論を述べた。
「(日本の植民地支配と侵略への反省や謝罪を表明して政府見解となった)村山談話と私の論文は別」と語り、「我々にも憲法19条(思想及び良心の自由)、21条(表現の自由)は……」と権利を主張しようとして、委員長から遮られる場面もあった。
問題なのは、彼の開陳した「論文」が“事実に反する”デマに過ぎないから。
言論の自由というは、デマをまき散らす権利などではない。自分の職務にも関係する事柄についてデマを撒き散らせば、その責を問われるのは当然。
文民統制だとか、政府見解に反する、点を持ち出すのは本筋ではない。
既に幾つかのメディアでは検証されている話であるのに、未だに田母神氏の論文がまったくのデタラメ、である事が見逃されるのは問題だと思う。
【追記】
少し付け足します。id:furukatsuさん。
それは違いますね。フィクションとデマは一緒じゃありません。
エロゲとエロマンガは“フィクション”です。私はフィクションは全面的に肯定されるべきだと思いますが、デマはその限りではありません。
まさに皮肉抜きにcomzooさんの言うとおり
「この『論文』はフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係がありません」と書いておけば何の問題も無かった、という事ですよね。
です。ま、そんなものが「論文」と呼ばれるかどうかは判りませんが。たぶん「架空戦記」と呼ばれる範囲のフィクションになるでしょう。ブックオフの100円コーナーに並んでそうなヤツです。
言い換えてみましょうか。科学者(もしくは科学的素養があるもの)が
・意志を持つミトコンドリア
・意志を持つポリウォーター*1
を小説として記すのは問題ありません。
しかし、
・やんごとなき方の存在意義はY染色体にあり
・水にキレイな言葉をかけるとキレイな結晶になり、キタナイ言葉をかけるとキタナイ結晶になる
というような事を“科学者”が“科学的事実”であり、“科学観”の見直しが必要だ、と主張したらダメでしょう。
それも、日本物理学会理事なりが述べたら、適格性を疑われます。
言論の自由とはまったく関係のないレベルである、と判るでしょ?
さて、一番問題なのはken409氏が示す
「○○は事実である」とか、「○○はデマである」とかと判断するのも結局は、その人の主観でしかないのでは…。
のような中途半端な懐疑主義です。田母神氏が論文?内で否定してみせたような「歴史上の定説」は、多くの歴史研究家が夥しい資料渉猟や取捨選択、研究によって行き着いた結果であるわけです。それを否定してみせるために田母神氏が示したのは、驚くほど貧弱な根拠(と呼ぶも無惨だが)と、それによる矛盾さえ抱えた論理展開でした。
それらはまったくもって「等価」なものでなく、「どっちもどっち」と呼べるようなものではないのです。
こうした「どっちもどっち」には今年の初めにも釘を刺しておいたのですが、相変わらずですな。
ま、多忙中に色々アパとのずぶずぶな関係も出てきましたし、「言論弾圧」で誤魔化せるような話でも無くなってきたようですね。
そうそう、私のタモさんの駄文に対する評価は、11/13の朝日新聞、私の視点 にあった北岡伸一氏の指摘に尽きます。よかったらお読みください。
コメントにも挨拶
とおりすがりさん。
まったく仰るとおりですね。
時々拝見さん
論理の矛盾は論文を通して読めば明らかなんですよ。侵略うんぬんもそうですし、アメリカの扱いもそうです。審査員自体もクソということですね。でなきゃ、恥ずかしくて選べません。
デミトリーさん
愛国心は悪党の〜 の警句を思い起こさせる展開になってますな。
下上右左さん
「飼い犬」の扱いに不満な連中が暴走してますね。そのわりに腰が据わらないんですよ。
- 作者: 瀬名秀明
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2007/01/30
- メディア: 文庫
- 購入: 3人 クリック: 27回
- この商品を含むブログ (31件) を見る
- 作者: 梅原克文,生頼範義
- 出版社/メーカー: 朝日ソノラマ
- 発売日: 1998/12
- メディア: 文庫
- クリック: 1回
- この商品を含むブログ (7件) を見る
- 作者: 蔵琢也
- 出版社/メーカー: 廣済堂出版
- 発売日: 2006/05/31
- メディア: 単行本
- クリック: 32回
- この商品を含むブログ (9件) を見る
*1:ポリウォーターは誤った科学的発見の一例