シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

自滅する地方 自滅した浜松 その3

このエントリーは


自滅する地方 自滅した浜松 その2
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20090127/1233057329


の続きです。


前回のエントリーはずいぶん反響がありました。地方衰退を身近な問題として感じている方々もたくさんいらっしゃるのだなぁ、と時代の変化をつくづく感じております。で、続きといいましょうか、幾らかご意見に関して答えを返しつつ、中心市街地衰退の問題点を述べていきます。


さて、浜松の問題とは、郊外化の問題であってとりわけ自動車指向が招いた事態である、と述べました。それに対して次のような意見が出ました。

y-yoshihide 社会, 経済, 地方 なんか違和感。少なくとも郊外に住んでる人間にとって市の中心部へ出向くことだって一苦労だってことを考えないといかんのじゃ? 消費者の都合を無視して規制をかけたところで中心部が復活するとは思えないなあ。

shin_emon 社会, 経済 大規模店のせいで昔ながらの商店街がシャッター通りに.新幹線のせいで旅の情緒が.どれも便利さにどっぷり浸った上での三丁目の夕日的郷愁じゃないの?id:kiku-chan需要>供給なら新規参入あるでしょ.不便だが宅配/通販もある

yo-net 生活 想像だけだけど、浜松と言うと自動車産業の様な気がするけど、ならば自動車が利用しやすい街づくりはそんなに変じゃないと思うけど。違ったら消します。

langu モータリゼーションが浸透した地方では、駅というのは日常生活に関わりのない施設。駅の周りに廃墟があろうとダムの底に廃墟があろうと大した違いはない。

jubilo_blue 浜松は車がないと生活できないから郊外型は便利。それよりもリストラされたブラジル移民の人達の購買力低下の方が問題。数がすごいから。

macra 浜松にされて悔しいし問題から目を背けるわけじゃないけど、大きな体育館や安くてきれいなプールや待望の映画館、聖隷三方原はできる病院だし、平和で暮らしやすいいいとこだようって思ってる郊外住民もいるよ…


つまり、自動車指向(=郊外型)でもいいんじゃないの?特に無理矢理中心市街地の再活性に努めなくても。その方が便利なんだから。という意見ですね。実際にそういった意見は現時点での多くの人の意見でしょうし、そういった形の「都市」も構想されています。
アメリカの建築家、F・L・ライトが1935年に示した「ブロード・エーカー・シティ」は、低密度の広大な自動車依存型都市で、アメリカの「郊外型都市」のモデルとなりました。つまり、アメリカの大部分の都市、ニューヨークなど少数の都市を除く、は「ブロード・エーカー・シティ」なわけです。ここで重要なのは、おそらく日本が現在指向する都市は、都市中心部ではル・コルビジュエの「輝ける都市」指向*1なのですが、郊外開発では明らかに「ブロード・エーカー・シティ」を目指しており、つまりライトが構想したように「自動車依存」が前提である、という事です。この両「都市構想」は並び立ちませんから(ここは後述します)、より高コストである「輝ける都市」は負担にしかなりません。その点でまず無理があります。


そしてより重要なのは、「郊外型都市」は自治体財政に大きな負担が掛かる、という事です。その点は先を行くアメリカの例を取り上げればおわかりになるでしょう。もともとロサンゼルスは路面電車さえ走る都市でした。石油・自動車産業が関与して路面電車を葬ったという伝説さえあるモータリゼーションの進展と併せて郊外化が進みます。例えば、ロサンゼルスの都市圏は面積にして新潟県とほぼ同等ですが、人口は京阪神圏に及びません。そして、公共交通機関はほとんど整備されていません。昨今のハリウッド映画でロサンゼルスの地下鉄が取り上げられる事が多いですね*2。これは、アメリカの大概の都市では地下鉄が珍しいものであるためですが、あまりに自動車偏重であった事の反省に立ってのインフラ整備により建設されたものです。それでも、日本の大都市圏ほどの公共交通網は整備されていない、より正確には無くした、のです。そして、ロサンゼルスを含めたカリフォルニア州の財政状況はどうでしょうか?


シュワ知事も人件費削減 州職員23万8千人に一時帰休
http://www.asahi.com/international/update/0207/TKY200902070038.html

【ロサンゼルス=堀内隆】全米最大の経済規模を持つカリフォルニア州の財政危機が深刻化し、6日から州職員の9割にあたる約23万8千人に対し、史上初の一時帰休を始めた。

 同州はITバブルを当て込んだ財政拡大の失敗や、01年の電力危機時に州が高値で電力を買い上げたことなどで以前から赤字体質だった。そこに金融危機が重なり、税収が減った。


これらカリフォルニア州の財政危機に関する記事には大事な部分が抜けています。アメリカで有数の経済規模を誇るカリフォルニア州は慢性的に財政問題を抱えていたという事です。つまり、広域に拡がったインフラ整備・維持には多額の費用が掛かる。


参考

浜松市下水道「火の車」
浜松市の下水道事業が火の車だ。借金にあたる企業債の残高は07年度末で1900億円にのぼり、年間の下水道使用料収入86億円の20倍を超えている。市の一般会計から年間70億円を繰り入れてしのいでいるが、総延長3200キロの下水管の老朽化も進み、先行きは明るくない。市は施設の民間委託を進めるほか、2014年度まで据え置く予定だった使用料金の値上げを視野に入れ始めた。
朝日新聞 1/ 付け 地域面)


そして、そうした自動車依存の郊外に「消費者の要望」によって出店した大規模小売店舗はより一層財政を蝕んでいきます。
町山智浩氏の「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」には「ウォルマート、激安の代償 ローカル・ビジネスを食いつぶす巨大チェーン」という記事が掲載されており、ウォルマート
・極めて劣悪な労働条件で働かせる 正社員でもその収入は「貧困」レベル
・企業健康保険に社員を入らせず、政府の医療福祉を受けさせる
・そのくせ、雇用創出、を名目に政府や自治体から助成を受けている
・その商品は、発展途上国で生産、しかもそこでも劣悪な労働条件で働かせる
事が指摘され、そして、アメリカの大企業がウォルマートの真似をしている、と述べています。
より詳しいウォルマートの手口は、「大型店とまちづくり」に掲載されているので、興味のある人は読んでみるといいでしょう。つまり、何回か指摘してきた事ですが、大規模小売店舗は
・地域雇用の場を損ない
自治体財政に負担を掛け
・地域経済に恩恵をもたらさない
存在なのです。


付け加えるなら、自治体が「固定資産税をもたらす」「商業活動が盛んになる」として最近まで大規模小売店舗の誘致、事によっては出店補助金さえ出していたわけですが、実際には大規模小売店舗が出店する事で“自治体全体”の固定資産税は減少します。これは、商店街など打撃を被る中心市街地の方がより固定資産税を払っているからです。前掲「大型店とまちづくり」には佐賀市中心市街地活性化基本計画が次のように述べている事を示します。
佐賀市中心市街地は面積にして市域全体の二%弱に過ぎない。しかし、固定資産税収入の20%弱を占めている」
たとえ地価下落の続く現在でも、地域の公示される地価トップは地域の中心市街地部です。つまり、中心市街地に住む人たちは、その分多くの税を納めているのです。それが、大規模小売店舗進出で生計が脅かされれば逃げ出すのは当然でしょう。そうなれば、地価が安い故に出店した大型店舗の納める固定資産税など大した足しにはなりません。こうした分析は佐賀だけでなく、アメリカの諸都市でも検証されています。

大型店が出店してくると税収が増える、と考えられている。固定資産税の新たな税源となるからである。そのため自治体がしばしば大型店の誘致に奔走する。大型店を誘い込むために土地利用規制を変更する事さえある。「財政ゾーニング」と呼ばれる開発主義、成長主義である。しかし、実際には検証されずに、一方的に信じられてきた「大型店は金の卵を産み落とす」という言説に対して、米国では「それは疑わしい」として実証研究が活発に行われるようになった。そして逆に、「大型店は厄介者である」という結論に達する報告書が多い。

(「大型店とまちづくり」 第3章 大型店は地域社会にプラスか より引用)


それでも、大型店舗やそれを支える「自動車指向」のまちは「消費者」が望むのだからいいじゃないか、という意見もあるでしょう。しかし、その消費者には、自動車が利用出来ない若年層や高齢者層、そして障害者などの存在がスッポリ抜けています。今後の高齢化社会少子化社会が一層進む中で、自動車を利用出来る層にしか恩恵が無いのはどんなものでしょう。
そればかりではありません。すでに浜松では大型店舗が乱立と云って良い状態です。ブックマークで指摘がなされていましたが、イオンモール志都呂店は愛知県東部からの集客も見込んだ施設です。ですが、もちろん愛知県側にだってショッピングモールが無いわけではありません。そちらとの競争になればどちらか、事によっては両者ともに打撃を被ります。しかも、志都呂店の東2kmほどにはイオンショッピングセンター浜松西店があります。そして、志都呂店をも凌ぐ市野店は志都呂から10kmと離れていません。こういう状況で売り上げが落ちれば、薄利多売を基本とする大規模店舗がさっさと撤退しない理由など無いはずです。そうなった場合、地域の商店をことごとく失い、日常の買い物手段をショッピングセンターに頼るようになった人々はいかにしたらいいでしょうか。
需要があれば新たな出店がある、などとお気楽な意見もありますが、それは商売をした事のない者の意見です。出店費用の確保、出店ノウハウやコネクションなどは一朝一夕に担えるものではありません。しかも、そうした出店者は、大規模店舗の居抜きを警戒しなければならない。大規模店舗経営者にとっては単純な話でも、小規模な店舗を出そうという個人に取っては単純な数式で決まるわけでは無いのです。
そして一番重要な事、それは消費者というのは、同時に「労働従事者」である、という事。何もせず金を持ち、消費活動を行う事が出来る存在などまれです。消費者はどこかで労働して消費に充てる資金を用意しなくてはなりません。大規模小売店舗は地域の労働環境を縮小させる、そう指摘されているのです。なのにデフレはヤバイという述べる方々まで、値段が安いからいいじゃない、と述べるのには驚きますね。地域で通貨を出来る限り廻す事こそ肝要、という事はすでに述べました。


さて、このような浜松の状況は地元企業「スズキ」と無関係ではありません。
スズキの会長である鈴木修氏は浜松市浜松市行財政改革推進審議会の会長を務めています。会長は市財政について「改革」「小さな市役所」を頻りに説き、浜松駅前の複合施設フォルテについても「無用論」を唱えていました。フォルテは現在解体中、今後遠鉄百貨店の店舗になります。
中心市街地の活性化にも冷淡で、

中心市街地の活性化が注目されている。いくつか伺いたい。
まず、べんがら横丁だが、年7千万円か8千万円の利益が出ていた市営駐車場(新川中央駐車場)を廃止してべんがら横丁を作った。市の年間収入(使用料)は700万円か800万円で、(駐車場のときの)10分の1に減っている。そのいきさつ、どういう契約になっているのか
(平成 19 年度第6回浜松市行財政改革推進審議会 議事記録 《概要版》 より引用)

http://www.h-gyoukaku.jp/council_information/pdf/06/gaiyou.pdf


と「べんがら横丁」に否定的です。


浜松べんがら横丁 公式WEBサイト 浜松市都心ゲートパーク北地区整備事業
http://www.bengara.net/


私もべんがら横丁には懐疑的ですが、それは市街中心部の再開発方向が間違っているから、と考えるためで、駐車場の方がいい、とは考えません。しかし、会長は次のように述べます。

次に市営駐車場だが、無料にして(中心部を)活性化させる方法も考えられる。


会長は浜松市全域を「郊外化」させたいわけです。今まで述べてきたように、それは「自滅」への道なのですけどね。また、昨今の状況を考えれば、実に皮肉なのですが次のような事も述べています。

それから、市営住宅を造る時代は終わったと思う。補助金政策の方が正しいのではないか。市営住宅を今後減らしていくのか増やしていくのか。


参考:公営住宅:緊急対策 西部は殺到13倍 外国人需要が多く /静岡
http://mainichi.jp/area/shizuoka/news/20090121ddlk22010130000c.html

寮の退去を迫られた派遣労働者らに、安い家賃で公営住宅を貸す自治体の緊急対策に対し、外国人が多い西部地区で応募が殺到している。西部地区では提供できる公営住宅がなくなりつつあり、県は中部地区などへの住み替え促進など、マッチングに頭を悩ましている。


このように、市財政に厳しい注文を付ける会長ですが、道路建設には乗り気です。土木事業にはこんな言葉も。

土木の業務は本庁の土木整備事務所と区役所のまちづくり課に分断されているのではないか。

シートン注:市内の事業が区割りによって分割されている事に対して)国道と市道がクロスしている交差点はどうなるのか。一元化したほうがやりやすいものは集中管理すべきだ。非効率に分断されてしまっている。


さらにこんな構想まであります。

スズキの鈴木修会長は21日の第301回中日懇話会で、浜名湖東岸と西岸をつなぐ横断橋建設などに
静岡県浜松市が協調して取り組み、県西部の都市機能充実を図るべきだとの考えを示した。 

浜松市の庄内半島と湖西市を結ぶ横断橋については、浜松商工会議所が
2003年度に建設を要望。県も05年度から一時、周辺の土質調査などに乗り出した経緯がある。

鈴木会長は、県西部の政令市構想は当初、湖西市新居町を含む「環浜名湖」を想定していたと指摘。
「現状は『半浜名湖』。三ケ日や湖西から2、30分で市中心部まで来られるようにすべきだ」と提言した。

また、
浜松城周辺に静岡市のグランシップのような文化施設を建設
浜松市の新水泳場(西区篠原町)地域に野球場やサッカー場を整備
−することで文化・スポーツ面でも魅力あるまちづくりを進める必要性を強調した。

石川嘉延知事は本紙の取材に、横断橋について「県として着手へ向けた作業はしていない」
としたが
「交通を便利にするためにも、実現すべきテーマと考えている。景観にもインパクトを
 与えるだろう。可能性を探っていきたい」と述べた。

文化施設などについては「浜松市には数千人規模の展示会ができる施設がないのも事実。
県西部の都市機能を高次化するためにも必要と思う。ただ、財政状況は厳しいが」と話した。

http://ime.nu/www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20080422/CK2008042202005657.html


スズキは軽自動車で飛躍した静岡県西部を支える自動車会社です。軽自動車は日本の“狭い”道に適し、税金も安い事から主としてセカンドカーとして広まりました。この軽自動車は日本のモータリゼーション、そして「郊外化」を促進させる働きをしたのです。企業城下町である浜松が「自滅」したのも決して偶然ではありません。それはそうなるべく進んできた。トヨタやスズキのような自動車メーカーがそれを必要としたからです。自動車指向のまちづくりの問題点はずっと昔から指摘されてきました。そして、先を行くアメリカでもその問題が起きている。にも関わらず、その失敗を日本の政策は追いかけている。
読んでくださった皆さんは、この事をどうお考えになるでしょうか。その処方箋は存在するのか。それがコンパクトシティだとして、それは

welldefined 21世紀のポルポトは郊外民を中心街に下放する

と指摘されるような強制性を伴うものになるのか。次回はその処方箋について述べてみます。近日公開予定。


予告 自滅する地方 再生する地方
・「郊外化問題」は「郊外」の問題ではない
・「旧郊外」はコンパクトシティの見本
・道路のためには強制収用も行う矛盾
道路特定財源を転用すると?
土地区画整理事業の問題
・地権者は横暴か?
・低中層集合住宅と小規模商業施設
・魅力ある小さな街のモデルケース


アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (Bunshun Paperbacks)

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*1:拙過去エントリー「自滅する地方 エウルの夢、幻のゲルマニア」をご覧ください

*2:「スピード」プレデター2」「ネゴシエーター」「コラテラル」など