シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

 裏ロッキー レスラー

ランディは往年の名プロレスラー、老境に差し掛かった今も必殺技「ラム・ジャム」をひっさげてリングに立つが観客もギャラも僅か。住まいのトレーラーハウスからは締め出しを食らい、家族もいない。それでもなお現役にこだわるランディは心臓発作に襲われる。手術を受けたランディに医師は告げる「プロレスを続ける事はもう無理」と。ランディは現役引退を決意するが、現実の壁が重くのし掛かる。


冒頭からミッキーロークの背中がドーンと迫る。荒々しく息をつくロークに、現実とフィクションの悲哀が重なってしまう。ミッキーロークといえば、80年代のブイブイ云わせたスター俳優だったがこの十数年ご無沙汰していた。その彼がロートルのプロレスラー、それも往年の大スター、を演じると、悲哀倍増。本当にこうした生活送ってンじゃないだろうな。
老いと悲哀を感じさせたのが映画が始まる前。映画館のチケット売り場で女性がわんさか並んで列が出来ていたので、「ミッキーロークにそんなにみんな興味あるの?どうなってんだ。」と考えたのだが、実際は別スクリーンの「アンティーク」という韓国映画の客だった。まだまだ健在だな韓流ブーム。列の後ろで「ミッキーロークといったら猫パンチしか記憶にない」みたいな話も聞こえてきた。それはなかなかに痛ましい。お前ら「ナインハーフ」知らないんだろ。エロいんだぞー、あれは。


「レスラー」の客は普段よりも男率高し、で、やっぱ「プロレス的」なものに興味を持つのは男なんだな。
映画は意識的にランディの後ろ姿を執拗に捉える。ドキュメンタリーを意識した作りだ。通常の映画ではカット切り替えするようなシーンでも、ランディの肩越しに絵を撮り続ける。そのうち、ロークとランディのどちらの生き様なのか区別無く、溶け合っていくのだ。


ランディは若手レスラーからの尊敬も受け、仲間のレスラーの信頼も厚い。ファンに対しては親切で、興業主とトラブルを起こすこともない。それでも彼は社会では上手く生きていくことは出来ない。レスラーとしての名声が彼を縛るのだ。衰える体と折り合いを付けながら、しかし、日々の手入れを怠らない。プロテインを摂取し、ステロイド注射をし、髪を金髪にして、日焼けサロンに通う。全てはプロレスのため、ファンの歓声をその身に浴びんがため。
だから、プロレスを引退、となるとその輝きは薄れてしまう。他に働く術を知らず、家族を捨てたゆえに娘と和解出来ない。惚れたストリッパーに不器用に接するが、彼女もまた不器用なのだ。だからこそ、熟女ストリッパーであり続けるのだろうが。
面白いことに、彼女は店よりも外の世界の方が魅力的だ。店での彼女のストリップ接客は痛々しすぎる。しかし、息子と接する彼女は颯爽とした母親、なのだ。ランディとちょうど対称的な存在なのである。彼女のアドバイスに従い、娘と和解を図るランディ。ようやく和解がなったか、に見えた時、彼は自業自得の失敗をする。再び失われる娘との絆。ランディは打ちのめされ、そして再びマットに立つことを選択する。自分の居るべき場所はそこにしかないのだと。


往年の名勝負のリベンジマッチ。それはランディの死を意味する。誰もがそこに「ロッキー」に感じた人生の勝利を感じ取ることは出来ない。ロッキーは、負け犬からはい上がる話であるが、ロッキーはその人生を失う事はない。ロッキー5,6においてもその輝きは失われないのだ。真っ白に燃え尽きたジョーの姿とも違う。プロレスの試合で受けるどんな傷よりも痛い、現実の痛みを一身に背負って崩れ落ちる姿。ラストからエンドロールまでの深い沈黙。スプリングスティーンの傷に突き刺さるような歌声。

むかし、プロレスの事を「しょせん、イカサマなんでしょ?」と云い垂れたヤツをぶん殴ろうとしたことがある。イカサマだって?殺陣を見て「イカサマ」だっていうバカはいないだろうが。あれはショーなんだよ。全身を使った。
格闘技の本質が殺人の術であり、その極意は「相手の長所を出させず、こちらの短所をさらけ出さない。」ことにあるとすれば、プロレスの極意は「相手の長所を出しつくさせ、こちらの短所を突かせる」事にある。相手の攻撃を100%受けて、なおかつそれに耐え、その上で上回る技を繰り出すのだ。格闘技以上の肉体を要求される。その肉体に纏わるエピソードは豪快極まりなく、「傷口を押さえていたら繋がった」とか、「酒を飲むペースと量が半端じゃない」とか、とにかく人間離れしているのがプロレスラーだ。その彼らを侮辱するヤツはオレがゆるさん。


その彼らが、それゆえ不器用極まりない、プロレスでしか生きられないのだから当然だ、生き方へ進まざるを得ない事は、この間の三沢の死亡事故でも思い知らされたばかり。バックドロップを受けそこなう、などという事が語られるのがプロレスの凄いところ。バックドロップを平然と受け身が取れる、ってどんだけ凄いんだよ。


三沢の死と、ミッキー・ロークの人生、そして“ランディ”が重なる「レスラー」はとにかくオススメなのです。