シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

記憶の自殺

1939年9月、ナチスドイツはポーランドに侵攻、電撃戦によって瞬く間に東進する。一方、ドイツと不可侵条約を結んでいたソビエト連邦ポーランド東部へ侵攻、多くのポーランド将校を捕虜とする。捕虜となったポーランド軍将校はいずこともなく移送されるが、1943年ドイツ軍がカティンにて夥しい殺害死体を発見した、と公表。ソ連による犯罪行為であると糾弾した。一方ソ連はドイツによる殺害であると反論。ドイツ敗戦後、事実は葬られることとなり、犯行をソ連が認めるのは実に1989年の事であった…


アンジェイ・ワイダの「カティンの森」を先日鑑賞。ポーランド軍将校の殺害よりも執拗に描かれていたのはソ連による情報統制だった。その情報統制は墓碑銘の改竄、場合によっては墓碑の破壊にまで及び、学生の履歴書や人々の噂に至るまで証拠を“消し去ろう”とする。


ソ連全体主義の怖ろしさを思い知るシーンであるが、同時に疑問も持った。


果たして捕虜殺害を行った人々(主としてNKVD)は、その事をどう捉えていたのだろうか?
ソ連は89年に至るまで殺害の責任をナチスドイツに転嫁していた。捕虜殺害の事実を「恐るべき犯罪行為」と糾弾までしている。殺害に携わった人々は、それを「必要な汚れ仕事」として捉えていたはずだ。そうでなければ承伏し難いだろう。しかし、ソ連は彼らの梯子を蹴倒したのだ。やむを得ないと考えた任務を指示した当人達から「恐るべき犯罪行為」として敵の仕業に転嫁される。殺害の実行者はどんな思いを抱いただろう。割り切れない思いを抱いた人々はそれを口にする機会はあったのだろうか。それとも口封じにあったのか。独ソ戦において口封じの手段はいくらでもあったろう。


ソ連が執拗に情報を統制し、事実の隠蔽を行ったのは、その事実に後ろめたさを覚えていたからである。隠蔽も捏造も後ろめたさの為せるわざだ。執拗なそれをApemanさんは「記憶の暗殺」と表現した。
だが、そもそもソ連は隠蔽する必要があったのだろうか。事実が隠蔽されなくても誰も気にしないとしたら?


グレッグ・パラストの「金で買えるアメリカ民主主義」には2000年のアメリカ合衆国大統領選挙の経緯が書かれている。日本でもニュースとなったが、民主党ゴア候補と共和党ブッシュJr.の熾烈な選挙戦はフロリダ州の集計において僅か数百票差という僅差の中でブッシュの勝利となった。票の数え直しや集計機械のトラブル、最高裁判所の判断など多くのニュースが駆け廻った。しかし、それらの報道で取り上げられなかった重大な問題があった。それは、選挙前に既に起きていた巨大な不正。州司法長官州務長官による有権者の秘やかな排除。その人数8万人以上。その多くが民主党支持者だったと云われる。票の数え直しも在外投票者も関係がない。決着は既に付いていたのだ。
この事実はしかしアメリカ国内ではほとんどまったく報道されなかった。報道されたのはイギリスにおいて。そして、それはアメリカ国内においてはまったく関心を集めなかった。
この事実はマイケル・ムーアによっても伝えられたが、これも主流メディアからは黙殺された。


フロリダ州の関係者は事実を隠蔽する事にしくじった。彼らの情報管理はまったくお粗末で、ぞろぞろと証拠は漏洩する。にも関わらず、彼らはまったく責任を追及されなかった。何一つ。それどころかグレッグ・パラストは次のようなメールを受け取る始末だ。

やあグレッグ
あんたが書いたフロリダ州の「ブラックリスト」の「記事」について言わせてもらいたい。あまりに社会主義イコール民主党くさくて、あんたの社会主義のいとこを助けようって魂胆が見え見えで笑っちまう。お前らイギリスのホモ野郎*1どもは、平均的アメリカ人は学がなくて、ばかだと思っているようだな。
(中略)
あんたの記事はまったくの嘘だらけ、でなきゃほとんど嘘ばかりだな。6年生だってあんたが嘘つきだってわかる。
(略)
それから、イギリスのブタ野郎、お前だよ、アメリカの政治問題に口出しするな。


日本においても状況はあまり変わらないようだ。似たような文章は日本でも見ることが出来る。また、先日次のような話があった。


東京新聞: 『与党は帰化した子孫多い』 石原知事
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2010041890070655.html

民主党などで検討されている永住外国人への地方参政権付与をめぐり、東京都の石原慎太郎知事が十七日、都内の集会で「帰化された人、そのお子さんはいますか」と会場に呼び掛けたうえで、「与党を形成しているいくつかの政党の党首とか与党の大幹部は、調べてみると多いんですな」と発言をした。(後略)


外国人参政権「先祖へ義理立てか」 石原知事が与党批判
http://www.asahi.com/politics/update/0418/TKY201004170390.html

石原慎太郎東京都知事は17日、東京・大手町のホールであった永住外国人への地方参政権付与などに反対する集会で、親などが帰化した与党幹部が多いとした上で、「ご先祖への義理立てか知らないが、日本の運命を左右する法律をまかり通そうとしている」と発言した。

 石原知事は、出席した自民党の地方議員ら約450人に「帰化された人や、お父さんお母さんが帰化された、そのお子さんという議員はいますか」と質問。「与党を形成しているいくつかの政党の党首とか、大幹部は多い」と話した。

 石原知事はこれまでも、地方参政権付与反対を繰り返し発言しており、この日は「参院選では、まさに外国人に参政権を与えるか与えないかが問題になる」とも述べた。


こんなものは「批判」などではなく、中傷にすぎない。最近、朝日新聞記者のクソぶりが目立つが、こんな中傷を正面から批判できないようなら、新聞なんて名乗らない方がいい。さて、この酷い差別発言を読売と産経は取り上げさえしなかった。
これに対する反応も社民党福島党首による言葉だけ。


石原知事「先祖」発言 社民・福島氏が撤回求める
http://www.asahi.com/politics/update/0419/TKY201004190184.html

社民党党首の福島瑞穂消費者担当相は19日、石原慎太郎東京都知事永住外国人地方参政権に与党党首や幹部が賛成している理由を「先祖への義理」などと発言したことについて、「私も私の両親も帰化したものではない。しかし、石原氏のようにそのことを問題にすること自体、人種差別ではないかと考える」と述べ、撤回を求めた。緊急に記者会見を開いて語った。


他の与党幹部はもちろんだが、本来なら身内からも抗議があってもいいはずだ。しかし、まったくスルーされている。


こればかりではない。日本において事実が明らかになってもスルーされる事柄の多いこと。イラク戦争責任をはじめとして。かつてのソビエト連邦にとって目標とすべき地点であろう。なにせ情報統制しなくても済むのだから。これを何と呼ぶべきか。自ら事実から目を逸らし記憶を捏造する。「記憶の自殺」と呼ぶべきかも知れない。

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アホでマヌケなアメリカ白人

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4/30追記
誤記を訂正いたします。

誤:州司法長官
正:州務長官

*1:グレッグ・パラストはアメリカのジャーナリスト。報道がイギリスのBBCと「ガーディアン」で行われたためにイギリス人と勘違いしている