シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

福島戦略村

空から見る戦略村は、草ぶきの小屋の“分譲住宅”をジャングルの中に造ったかのように見える。あの人々は、まだしばらくは、恐怖と恥辱の中で、それに慣らされながら、生きなければならぬであろう。
(強調部は原著では傍点)   (戦場の村 本多勝一 朝日新聞社


ちょっと予告してあった、原発事故に纏わる「正常性バイアス」の件ですが、押川さんが素晴らしい発表をしてくださいました。


2012.03.26 物理学会原発事故シンポ 押川講演
http://www.slideshare.net/MasakiOshikawa/ss-12190637


なので、今更私ごときが何か言うべき事必要はないのですが、ちょっと付け加えさせて頂きます。


さて、再三あちこちで述べられている事ではありますが、震災直後から懸念されていたのは、福島第一原発で複数の原子炉が冷却出来ない状況に陥ったことでした。なかなか様子が伝わってこない事にヤキモキしていた事を思い出します。
しかし、実際にはかなり早い段階から危機状態にあった事が明らかになっています。


議事録が語る原発事故の10日間*1
http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/0222.html

アメリ原子力規制委員会東京電力福島第一原子力発電所の事故発生直後の委員会内部のやり取りを記録した議事録を公表しました。 事故の発生から10日間にわたる委員会内部のやり取りが詳細に記録された資料は、全部で3000ページ以上。 その内容は「メルトダウン」「水だ、水だ、水だ」など、関係者の当時の危機感が伝わってきます。 議事録から、アメリカ当局が事故発生の5日後には、3つの原子炉がメルトダウンする最悪の事態を想定して避難などの対応を検討していたことが分かりました。


当時は伝わりませんでしたが、この報告を受けて、日本に滞在する米人に対して80km圏外への避難勧告が出たわけですね。
日本においても深刻な状況が続くなかで「最悪のシナリオ」が想定されていた事も明らかになりました。


福島第1原発:「最悪シナリオ」原子力委員長が3月下旬に作成 *2
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111224k0000e040162000c.html

東京電力福島第1原発事故から2週間後の3月25日、菅直人前首相の指示で、近藤駿介内閣府原子力委員長が「最悪シナリオ」を作成し、菅氏に提出していたことが複数の関係者への取材で分かった。さらなる水素爆発や使用済み核燃料プールの燃料溶融が起きた場合、原発から半径170キロ圏内が旧ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年)の強制移住地域の汚染レベルになると試算していた。


原発事故の最悪シナリオが避けられたのは“幸運”に恵まれたからです」:日経ビジネスオンライン
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120207/226949/

田坂:同様のシミュレーション計算の結果を、私も、昨年3月末に見ています。

 この原子力委員会のシミュレーション計算の結果は、「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」というメモとして、すでに公表されていますので、多くの方がご覧になっていると思いますが、このメモは、この福島原発事故が最悪の事態に進展した場合、「強制移転をもとめるべき地域が170km以遠にも生じる可能性」や「年間線量が自然放射線レベルを大幅に超えることをもって移転を希望する場合認めるべき地域が250km以遠にも発生することになる可能性」があったことを明らかにしています。
首都圏三千万人避難の可能性もあった

 メモの中では、「首都圏三千万人の避難」という言葉は直接には使われていませんが、「170km以遠」「250km以遠」ということは、端的に言えば「首都圏三千万人の避難」にも結びつく可能性があったということを示しています。(以下、略)


三基の原子炉の炉心熔融、そして使用済み核燃料プールの損傷が起これば、放射性物質が大量に放出される事は避けられませんから、当然とも言えるわけです。
しかし、当時の日本においては、それを当然の事、と見なさない人々もいました。


「退避すべきかとどまるべきか」放射線被ばくを深く心配されている方々へ(2011年3月17日午後時点の情報を踏まえて)
http://getnews.jp/archives/105218


「最悪のシナリオ」という脅しに騙されないために
http://getnews.jp/archives/105518


この記事は当時まったく知りませんでした。今見たらあまりに脳天気としか言いようの無い内容に驚きますが、当時でもこの見解には到底同意は出来なかったでしょう。
しかし、私を一番驚かせたのは、これらの記事についたツイッターやブクマで見られる同意のコメントです。

rotemeister 地震, 原発
バランスの取れた意見。とにかく煽りたがる輩とひたすら不安になってしまう人たちに見せたい

ahmok 原発
20日:最悪でもこの程度かあ。むしろ経済や産業への影響の方がジワジワ効いてきそうだな/24日:直接の放射線による影響は少ないけど、水質・土壌汚染が深刻だな/31日:すでに最悪のシナリオまで消化したわけでして…


NRCや近藤駿介*3でさえ想定していた事態と、この記事が述べている“最悪の事態”のあまりのギャップには眩暈すら感じますが、それ以上に、このような甘い想定を“バランスの取れた意見”と判断してしまう人々が多数いた事。まさに、これが「正常性バイアス」の為せる思考という事です。


似たようなケースは他にもありました。


AERA放射能が来る」を踏んだ人々
http://togetter.com/li/284257


「過剰に怖れている」「煽っている」と批難されてますね。ですが、実際の事態はAERAの記事に近い状況であったわけです。


情報が錯綜し正確な事態が判らない状況であれば、確かに判断に迷う事は考えられます。ですが、であれば、逆に「過剰に怖れている」「煽っている」と主張するだけの根拠も薄かったはずです。なにゆえに、一方を「過剰に怖れている」「煽っている」と考え、一方を「冷静である」「バランスが取れている」と考えることが出来たのか。つまるところ、一般人の正常性バイアスとは、「両極端な(にみえる)意見から距離を置いた意見へ惹き付けられる」という事なのでしょう。


東電や政府(一方)の意見は鵜呑みに出来ないが、さりとて反原発派や市民運動家(もう一方)の意見も“偏っている”。だから、厳しい想定に基づく意見は「過剰に怖れ」「煽っている」ように見える。
しかし、実際には、そのバランスのある意見は「過小に怖れ」「甘く見る」ものでしかなかったのです。


「正しく怖れよ」の人々は、「過剰に怖れる」事を懸念します。ですが、広島・長崎の被曝問題でも、水俣病でも、実態は逆です。被害を「過小に見積もり」「甘く見る」事の方が悪影響を生んでいます。


長崎・広島低線量被爆者(反核医師の会 より)
http://www.ask.ne.jp/~hankaku/html/tnk.html

したがって,原爆症の認定にあたる厚生省は放射線による疾病を厳しく限定してきた。特に被曝線量推定理論T65Dに検討が加えられDS86が報告されると,DS86にもとづく推定線量が機械的に適用されるようになって,認定申請に対する却下率が高くなってきている。2.4キロで被爆した松谷さんの障害も放射線の影響によるものでないとして認定申請が却下された。


汚された大地で
チェルノブイリ 20年後の真実〜
http://www.nhk.or.jp/special/onair/060416.html

史上最悪の原発事故からこの4月で20年、人々の苦しみは続いている。というよりむしろ悪化している。ウクライナにある、放射線を浴びた人々が集まって暮らすアパートでは、がんなどの重病患者が増加、毎週のように死者が出ている。さらに大量の放射性物質がまき散らされたベラルーシでは、ヒロシマナガサキでは否定された「遺伝的影響」が報告された。

一方、20年の節目にIAEA国際原子力機関)などからなる委員会がまとめた報告書によれば、事故で放出された放射線を浴びたことによる死者は全部で60人足らず。健康被害の多くを、「被曝の影響とは言えない」として退けた。患者の支援者などからは「問題の幕引きをはかる過小評価」と批判されている。

「いまだわからないことばかり」とも言われる放射線の人体への影響。広島の医師や研究者も加わって、暗中模索の事実解明、因果関係の究明が続けられている。

最新の動きを追う中で、「汚された大地」で本当は何が起きているのか明らかにしていく。


水俣病救済 そんなに終わらせたいか
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/296768

しかし、そこに肝心なものが抜け落ちていないだろうか。特措法は、症状がありながら国の基準では水俣病と認められない人たちを「広く、早く」救済するためにつくられた法律である。

 副大臣発言からは「早く」の思いは伝わってくるが、「広く」救済しようという意思が伝わってこない。早期決着にこだわって、被害者を「広く」救済するのを嫌がっているかのように見える。


事態を過小評価したい政権側は放射性物質汚染を受けた地域の再居住も進めようとします。彼らは大きな影響など無いと主張する事が望ましいですから。そして、正常性バイアスに駆られた人たちが、それを後押しする。
あたかも、ベトナム戦争時の戦略村のように*4


共産主義の“汚染”から切り離し、その影響は無い・少ないと主張し、共産主義に対する優位性を打ち立てるための政策的な居住地。それが戦略村。同じ構図が福島にも言えるでしょう。


私はかつて放射性物質を扱っていましたし、現在でも電離放射線を使う作業に従事しています。その放射線管理区域レベルの放射線を日常生活で受ける環境に人を住まわせる事は承伏しがたいです。いわんや子供を住まわせるとは。放射性物質はチリとなって生活環境に遍在しています。日頃掃除をする人なら、どれだけ埃というものが掃除しても溜まるものか理解できるでしょう。その自然環境下での挙動は時として人の想像を超えます。決して、「除染すれば安心」「見積もったら安全」というものではありません。
少なくとも希望者の避難というオプションくらいは用意すべきでしょう。


ですが、実際には除染を行い、人々を居住させる事にしか力を入れている様子はありません。
一つ確実に言えることがあります。将来、健康被害を訴える人々が出ても、行政は決して責任を認めようとしない、ということ。先例は幾らでも見ることが出来るし、現在も進行中です。その時、「正しく怖れよ」な人々はどう反応するでしょうね。そんな事はあり得ない、と切り捨てるのでしょうか。
とりあえず、自分が正常性バイアスに駆られていたかどうかぐらいは*5見返してみた方がいいと思いますよ。では。

*1:現在はこの記事を読むことは出来ません

*2:この記事も現在は読むことが出来ません

*3:近藤氏は原子力委員会委員長など原子力業界の要職を歴任してきた原子力ムラの重鎮

*4:戦略村の原型は旧日本軍が中国で作っている

*5:私自身も3/16付けのエントリーで甘く見ている事が判ります。自分では辛く見ていたつもりでしたが、正常性バイアスからは自由では無かったわけです