シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

高浜原発40年超運転延長について

仕事柄、色々な学術誌に目を通す事が多いのですが、極めて気になる寄稿記事を見つけたのでコメントしようかと思います。


アグネ技術センターの「金属」の6号に「原子力規制庁の技術評価は信頼できるか?圧力容器の照射脆化予測法をめぐって」*1という記事が載せられているのですが、かなり衝撃的な内容です。


金属 アグネ技術センター
http://agne.co.jp/kinzoku/index.htm


簡単に説明しますと、原子炉の圧力容器は稼働中、間断なく中性子照射を受けます。圧力容器に用いられるのはインコネルという特殊なステンレスで高温では「粘り強い」のですが、ある一定の温度を下回ると「脆く」なる。この「脆く」なる温度の事を延性−脆性遷移温度(以下、遷移温度)と呼びます。問題は、中性子照射によってこの遷移温度が上昇することです。つまり原子炉が稼働を続ける限りどんどん“脆く”なっていきます。これが進行すると、稼働時は問題無いのですが、圧力容器を急激に冷やす、つまり緊急停止した時などにひび割れる可能性が増す、ということです。
そこで、圧力容器の遷移温度の変化を測らなくてはいけないのですが、圧力容器の形では測定する事が出来ない。替わりに試験片を中性子照射を受ける場所に置いて、その試験片の経年変化を基に遷移温度がどの程度まで下がったか、言いかえれば原子炉余命について予測を行います。
ここまでが、前段。


問題なのは、試験片のデータを基に中性子照射束−遷移温度や脆化に関する予測規格が立てられている(JEAC4201と呼ばれます)のですが、玄海原発1号機での監視データが、この予測値と大きく食い違い、予測式の信頼性が疑われることになったのです。
そこで、電気事業連合会および電力中央研究所は予測式を変えることにしました。実は、変更は2度目であり、以前の規格JEAC4201-1991に代わって導入したJEAC4201-2007でこの食い違いが生じたため、JEAC4201-2007(2013追補版)というものが登場したわけです。

試験片のデータが出るたびに変更する予測式に意味があるのか?という当然の疑問もさることながら、このJEAC4201-2007にはもともと致命的な問題がありました。

式中での次元が合わない

ここでいう次元とは、長さとか重さとか時間とかのことです。簡単に云うと長さと面積を足す、というような真似をしている、ということです。そもそもの物理式として論外です。

式中のパラメータが19個もある

物理状態を示すのにパラメータが多数必要な場合もありますが、この予測式ではどういう経緯で導入したのか不明瞭なパラメータが19個もあります。それらに恣意的な値を入れれば、確かに“既にある値”にフィッティングさせる事は出来るでしょうが、それはあまりにも恣意的すぎて一般に予測式としては認められないものです。


この点は2013追補版が出る前に指摘されていたのですが、“原子力ムラ”はこれを無視しました。そして、データが食い違った、といって追補版を出してきたわけです。この段階で異常さが判ります。
こうした事態に金属の専門家らが異議を申し立て、そしてそれが「金属」に掲載された*2のです。


私がこれを取り上げたのは、この予測値というものが、今回の高浜原発40年超運転延長に用いられたからです。


40年超原発、20年の運転延長認可へ 高浜1・2号機
http://www.asahi.com/articles/ASJ6K6QWCJ6KULBJ01H.html


寄稿者らはこれらの問題点を原子力規制委員会へ意見書として提出し*3たのですが、それらの意見は結局無視された、ということになります。
ハッキリ言ってしまえば、JEAC4201-2007(2013追補版)というのは、遷移温度が下がる年数を極力後ろへ延ばそう、という恣意的な操作に他なりません。データを真っ当に捉えるならば、運転年数40年に達しようという原子炉の遷移温度は冷却時にダメージを受ける可能性が高い。つまり、廃炉にするほかありません。それをどうやったら運転年数を無理やり延ばせるか?そのために、次元も一致せずパラメータが用を成さない位の数をぶち込んだ式を作った、そういうことです。
それを原子力規制委員会も指摘を聞いていながら、無視をした。
福島における地震津波に関する話を思い起こさせます。


原子炉圧力容器の遷移温度が下がっている場合、以前指摘したような外部電源遮断によって原子炉が破壊される可能性は飛躍的に高くなります。なぜなら、非常用電源があろうがなかろうが、原子炉停止時には急速冷却する必要があるため圧力容器に熱衝撃が生じます。また、高圧で冷却水を押し込むために水撃が生じる可能性もあります。緊急停止時の冷却に成功しても、圧力容器が破損するような事態になれば…。
この事態がテロによって引き起こされる場合、テロリストが原子力発電所敷地内に踏み入る必要はありません。超高圧送電線の短絡、切断、などで非常停止に追い込めます。この問題がどれほど危険か判りますでしょうか?


問題は明らかです。少なくとも高経年の原子炉は再稼働させるべきではありません。もちろん、私は原子炉再稼働自体に反対ですが、「安全が認められた原発は再稼働させるべき」という自称現実主義者こそ、このような事態に対して「現実的」に振舞うべきです*4
では。

*1:小岩昌宏:原子力規制庁の技術評価は信頼できるか?圧力容器の照射脆化予測法をめぐって, 金属, 86(2016),499

*2:寄稿者の小岩昌宏氏は京都大学の名誉教授で金属・冶金学の大家

*3:記事中では第20回原子力規制委員会、第32回原子力規制委員会で取り上げられた事が触れられている

*4:高経年の火発はいつ止まるか判らない、電気が足らなくなる、と叫ぶような人は、やはり高経年の原発をどう捉えているのか知りたいところです