シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

森友学園問題には飽きた

先日、森友学園に関するエントリーを載せた後です。不思議なブックマークコメントがありました。


http://b.hatena.ne.jp/Outfielder/20170410#bookmark-331383369

森友学園の話題で持ち切りの昨今でしたが」もうみんな秋田


わざわざ、「飽きた」と書き込んでくるわけです。このほかにも幾つかの記事に対してこうしたコメントがありました。面白いですね。本当に森友学園の問題に「飽きた」のなら、それに触れたネタなど無視するでしょう。手間を掛けて「飽きた」と書き込む人たちが「飽きた」わけではないのは明らかです。飽きていないからこその反応でしょう。
では、なぜ「飽きた」と書いてくるのか。それは、この森友学園問題で関係者(とおぼしき方々)の庇い立てが不可能だからでしょう。
あからさまな利益誘導とその隠ぺい工作とも呼べないしょぼい誤魔化し方、抜け抜けと説明責任を放棄する民主主義国家とも思えない選良の行為。それら自体を庇う事は出来ないが、しかし心情的に庇いたくて仕方ないとしたら?
その場合、わざわざ問題に触れる記事に「飽きた」とか「民進党とどっちもどっち」とかコメントを寄せて印象操作に励む他無くなるわけです。


みっともないですね。
公共財産を私物化する、という問題は「飽きた」「飽きない」のレベルではありません。問題を明らかにして、その発生の構造を解体し、再発を防がなくてはならない。それにすら気付かないか、気づかないふりをして目を背けているか、いずれにせよクソい行為としか言いようがありません。
むしろ、権力を得た者が横暴に振舞って何が悪い、ぐらい開き直れば良いと思いますよ。ちょうどエルドアントルコ大統領やトランプ米大統領がまさに見本として振舞っている事ですし。
では。