藪の中
黒澤明監督の映画に「羅生門」がある。
平安時代、夫婦連れの夫が殺された事件で、殺した男と、夫を殺された妻の主張が異なり、呼び出された殺された夫の魂まで述べる事が違う、三者のいずれが正しいのか判らぬなか、現場に居合わせた男が目撃した真実は意外なものだった。
日本での公開時の評判は散々だったが、ベネチア映画祭で賞を取ったことで評判となったエピソードは有名だ。
原作は芥川龍之介の作品の短編「藪の中」。
藪の中(wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%AA%E3%81%AE%E4%B8%AD
誰もがその場に立ち会いながら語る言葉がそれぞれ違う。そんな不思議な印象を受けたのが、下山事件に関する本を読んだ時だった。
きっかけは”彼”が祖父の十七回忌に大叔母から「お前の祖父は下山事件に関わったかもしれない」と聞いたことに始まる。祖父と関わりのあった人物について調べ始めた”彼”は、やがて祖父が働いていた貿易会社に辿り着く。その貿易会社は確かに下山事件の捜査の中で取り沙汰された会社だった。その会社の社長は佐藤栄作、岸信介、笹川良一、児玉誉志夫といった戦後史に登場する人々と親交があったのだ・・・。
この話が発端となって、話に触れた面々が「下山事件」を追いかけ始める。その面々の「レール」は、ある時は交錯し、ある時は逸れ、そして各々目指す所へ進んでいく。
彼らとは、”彼”こと柴田哲孝、映像作家の森達也、週刊朝日編集者の諸永裕司。先達たる斉藤茂男の協力を得ながら進んだ軌跡は、それぞれの著作となった。
それが、
「下山事件 最後の証言」
「下山事件(シモヤマ・ケース)」
「葬られた夏 追跡 下山事件」
である。
どれも出発点は同じで、ほぼ事件の真相も似通っているにもかかわらず、三人のスタンス、そして手法の差が微妙な違いを生んでいる。三人のナビゲーターとなるのが、「下山病」に取り憑かれた先達斉藤茂男である。斉藤の存在とその言葉を頼りに、我々も三人の語る言葉の座標を定めていくのだが、残念ながら斉藤は既に鬼籍に入っている。三人の語る話のいずれが妥当なのかは我々には掴みようもない。だが、真相を掴むよりも、一つの事柄に複数人が関われば、人数なりの話があるのだ、という事実の方に興味を覚えてしまった。
このへんは、JFK暗殺の謎に似通っているかもしれない。JFK暗殺も公式見解があまりに妥当性を欠き誰一人信用しておらず、その真相と称する見解は多岐に渡っている。単純な動機ではなく、陰謀といえるスケールが窺えるのも共通している。
さて、三人とも、そして「他殺説」を唱える識者のほとんどが、GHQのG2「キャノン機関」と日本の反共グループによる謀殺を支持している。その動機に関して次のような言葉がある。
『事件がなければ、この国はどうなっていたか』いつだったか、亜細亜産業の総裁だったY氏の弟はこう問いかけてきた。共産化を防ぐ事が国のためになる。日本を赤い波から守らなければならない。そう信じていたからこそ、資本主義の道を進むための捨て石として下山の死が必要だったと割り切る事ができるのだろう。
(葬られた夏 追跡下山事件)
「失われた命はもう戻らない。結構な報酬と見返りは約束されていたが、男たちがここにいる理由はそれだけじゃない。きっとこれで日本は救われるはずだ。今の日本はアメリカに依存する事でしか生き残れない。中国やソ連のように赤の天下になってしまったら、日本はその瞬間にアメリカの支援を失い自滅する。それだけは回避しなくてはならない。どんな犠牲をはらおうと、これは日本の未来のためなのだ。俺たちの子供や孫たちのためなのだ。」
(下山事件)
下山事件も、それにつらなる松川事件、三鷹事件も、共産党の仕業と見せる事で、共産党に対する世間の目を厳しくするというGHQや日本政府の防共工作の一環だった。というものだ。事の是非はともかく、「日本のため」という私利私欲に発するものではない、という評価である。
だが、次の文を読むと、その評価が一変する。
これが『逆コース』と呼ばれた政策転換である。パージされた者は返り咲き、あれだけ奨励された組合活動も、著しく制限されるようになった。他にも、当初の“改革”は次々に撤回されていく。
「逆コース」の表向きの理由は、『国家の安全のため』だった。 中国における共産主義の台頭、ソ連との冷戦開始、その影響で日本が共産主義に染まる恐怖・・・日本人はそれほど恐怖を感じていなかったのだが。(略)
ごく最近まで知られていなかった事がある。
『逆コース』の舞台裏で、ウォールストリートの立役者たちがしきりに糸をあやつっていた事実だ。彼らは戦前の経済構造を復活させるために、大規模なロビー活動を展開していた。『ジャパン・ロビー』として一部に知られるこの活動を、陰で推し進めていたのは、アメリカ人の半秘密グループだった。(略)
((略)日本がそうならないうちに食い止めれば、将来、アメリカ資本の投入先として非常に魅力的な国になると、私は確信している)(略)
1952年までに、アメリカ企業は、戦前の日本に投資した分をしっかりと回収した。」
(東京アンダーワールド)
日本におけるGHQの方針転換、レッドパージは、「日本のため」でも、「反共の砦化」でもなかった。単にアメリカ大企業の投資回収、再投資のために過ぎなかった。下山事件は組合活動を低調化させ、国鉄や企業は人員整理を進め、アメリカ大企業の狙い通りになった。
下山定則は何のために殺されたのか。彼を殺した者達は果たして何のために殺したのか。この問いは現在にも繋がる問いだ。闇の彼方から続く鉄道のレールのように。
付記:安倍晋三が「言論によるテロだ」と喚いている、週刊朝日の記事。その週刊朝日の編集長が「葬られた夏」にも関わっている山口一臣編集長である。
週刊朝日報道を安倍首相が批判
http://www.asahi.com/national/update/0424/TKY200704240366.html
安倍首相 朝日に「はっきり謝れ」
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2007/04/26/09.html

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追記:写真は岡部町の廃トンネル