シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

「格差」の原子力 1

自分の住む志太地域は大井川の堆積でできた平野部である。西へ向かうとその大井川。国道150号線の富士見橋(晴れた日には正面に富士が見える)を渡ると、上流側の川原に杭の残骸が目に留まる。かつての軽便鉄道駿遠線(籐相線)橋脚跡だ。
対岸の吉田町にも駿遠線跡は自転車道として残されている。その駿遠線跡(=太平洋岸自転車道)をどんどん進んで、榛原、相良と海岸近くを抜けていく。御前崎が近づいて地頭方駅跡を越えた辺りから、ゆるやかに台地の坂を上がって進路は西へと転じる。人気の薄い細道を進んでいくと、道の両側に古ぼけた建物が目立つようになる。築30年ほどだろうか、入り口には重電メーカーやその関連会社の名前が掲げられている。奇妙に白っ茶けた家並みを駆け上がって下り坂に差し掛かると左手には大きな鳥居が見える。右手に進むと「お櫃納め」で有名な「桜が池」だ。鳥居まで差し掛かると、左手前方に巨大な建造物群が見える。
浜岡原子力発電所である。


先ほど見えた、妙に白っ茶けた建物。それは原発内労働従事者のための寮であったのだ。旧浜岡町(現御前崎市)には、こんな寮が至る処にある。


前回のエントリーで、


・事故時以外にも多大な問題、とりわけ社会構造に密接に関連する問題を生じる


と述べた。この社会構造に密接に関連する問題とは何か?それは、各種の「格差」問題である。


前回のエントリーでも書いた「電力会社(≒国)が、大電力需要地近郊に原発を立地しない事」も「都会−地方格差」の問題の1バリエーションである。
そして、もう一つ大きな問題が、「電力会社正社員−原発内請負労働者」の「労働格差」問題である。「都会と地方」「正社員とフリーター」とは、現在の日本における大きな争点だ。原子力に関しては、はるか以前よりこの二問題が大きく付きまとっていた。ある意味、原子力問題は日本の縮図とも云えるのである。この問題について説明していこう。


以前に中部電力原発計画は三重県芦浜を候補としていた事を説明した。どのような経緯で浜岡に決まったのか。それには、駿遠線も少しだが関連している。長らく浜岡は“とりのこされた地域”だった(と住民達が考えていた)。農業用水が引かれるまでは水にも乏しく、名産はサツマイモ*1東海道線沿線から離れていて近代的発展からはほど遠い。戦前に引かれた駿遠線は地域の発展を担うかと思われたが利用率低さゆえに次々と廃線となる。結局、再び“陸の孤島”と化した。
そんな折りに降って湧いたのが、原発建設だったのだ。
三重県芦浜は、“陸の孤島”ながら、漁業の発達した地域だった。ゆえに、漁協を中心に原発反対運動が起こり、中部電力を手こずらせることになる。
対して浜岡(旧佐倉村)には良港が無い。それどころか、遠州灘に面した海岸線には日本有数の砂丘、浜岡砂丘が存在した。漁業には向かない地だったのだ。おそらくは、その点を中部電力は承知していたのだろう。反対する強力な漁協は存在しない*2。それが浜岡の運命を決定した。


それでも原発に反対する声は根強かった。今も昔も反対者をねじ伏せる方法は二つある。
「アメとムチ」だ。浜岡にもその二つが使われた。
「アメ」については云うまでもない。
原発のような巨大な事業所ができれば、地元には多額の法人税が入ってくる。巨大設備の固定資産税、原発労働従事者の所得税。それだけではない。国も県も、原発立地には大盤振る舞いだ。
少し前にこんな記事があった。

 電源交付金算定ミス 電力9社がデータ誤報

原子力発電所を持つ電力9社全社が、国が自治体などに払う電源立地地域対策交付金の算定根拠となるデータを誤って国に報告していた。関西電力などが12日発表した。
計41県市町村分のデータを誤り、国は15市町村に間違った額の交付金を支払っていた。契約口数などのデータを、入力間違いや計算間違いなど単純ミスで誤ったという。国が自治体に追加払いや過払い分の請求をするかどうかは決まっていない。
交付金のうち、原発の受け入れ自治体や隣接自治体に交付する「原子力発電施設等周辺地域交付金」については、6電力会社が計16市町村分のデータを誤っていた。松江市京都府舞鶴市など9市町村には少ない交付金を支払い、鳥取県三朝町や北海道中川町など6市町については払いすぎていた。北陸電力は石川県志賀町のデータを誤ったが実際の数値との際は小さく、交付金を変更しなくて済む見込みだ。
このほか、消費電力量の1.5倍以上発電する都道府県に交付する「電力移出県等交付金」については7電力会社が計24県分のデータを誤っていた。更に原発の設備能力に応じて交付する「原子力発電施設等立地地域長期発展対策交付金」についても関西電力福井県美浜町分を誤った。2交付金については、交付金額の変更が必要になるかどうか国が計算中だ。
松江市の指摘で中国電力のデータに誤りが見つかったことで、経済産業省が電力各社に02年度以降のデータに誤りがないか点検させていた。
朝日新聞 2007,7/13)


いわゆる電源三法交付金というヤツである。電源三法とは、電源開発促進税法、電源開発促進対策特別会計法、発電用施設周辺地域整備法の事。それに基づいて、というか名目として、多額の「交付金」がばらまかれる。
電源三法交付金には、電源立地等初期対策交付金、広報・安全等対策交付金、電源地域産業育成支援補助金、電源立地促進対策交付金、電源立地特別交付金原子力発電施設等周辺地域交付金枠)、原子力発電施設等立地地域長期発展対策交付金、などがある。


このような交付金補助金をちらつかせる事で、イナカの人間を懐柔してきたわけだ。しかも、前出の記事に見るように、ほとんどドンブリ勘定に近い。


電源三法交付金(よくわかる原子力
http://www.nuketext.org/yasui_koufukin.html


旧浜岡町(現御前崎市)にもこのような交付金補助金を使って造られた公共建築が溢れ返っている。人口規模も産業も大したことがないのに、やけに立派な設備だらけだ。まるで成金のようである。
リンク先にもあるが、これら交付金補助金、核燃料税、固定資産税などは、その場では多額だが、時間が経つに連れて額を減じていく。使い慣れない金を大盤振る舞いまんまに使い切ってしまった自治体はどうするか?その予算措置に困った自治体に電力会社はこう持ちかけるのである。
「もう一基原子炉増設しませんか?また、新たにお金が付き直しますよ。」
かくて、自治体は「安全を条件として」原子炉の増設に賛成するのである。


笑えない話だが、使用済み核燃料さえも金の対象になる。使用済み核燃料税、がそれだ。


使用済核燃料税について - 電気事業連合会
http://www.fepc.or.jp/news/topics/nuclear/20030305.html


シャブ漬けにされた憐れな被害者よろしく、シャブ(金)を得るためなら、何でもありになってしまう。
次々と原子炉は増設される事になる。電力会社もそれに付け込む。


原発立地を見るとよく判る。
福島も、柏崎刈羽も、浜岡も、美浜も、複数の原発が密集しているのだ。本来であれば、原子力発電所はあるていど分散させておいた方が良いはずである*3。だが、一カ所にまとめておかれている実態があるために、今度の地震のように、トラブルが起きると、全基停止という状況に陥る。
まるっきりよく考えられた国家戦略とは思えない話だ。


さて、自治体レベルはこのような手口で口を噤ませる事が出来る。個人レベルではどうか。


ここで、ちょっと爆弾発言をする。
今から、もう30年近く前の話だ。浜岡町の人から凄い話を聞いた。郵便受けに現金が入れられていた、というのだ。原発宣伝のチラシと共に。彼等はその頃浜岡町に引っ越してきたばかりだった。そのため、浜岡町では、このような事がまかり通っているのか、とビックリしたそうだ。もし、旧浜岡町の住民がこのエントリーを見たら、自分にもそういった体験があった、と語ってくれるかもしれない。
誰が入れたのかはわからない。誰も殊更話題にしたりはしない。でも、何のために入れられているかは誰もが知っていた。そういう事なのだ。
それでもなお、口を噤まなければ。
そう、


活断層があると指摘したらヤクザがきたでござる」の巻
http://d.hatena.ne.jp/j0hn/20070721/1185022046

原発の下に活断層があると指摘したらヤクザに「殺すぞ」と脅された

のような事が起こったのだろう。これが「ムチ」である。日本の戦後史にはヤクザを利用した政治ビジネスが数多く現れる*4原発問題はその一つでしかない。これだけではなく、原発での労働問題にもヤクザは関わっているが、それは稿を代えて説明していこう。


金でイナカの人間の頬をはたくようなマネといい、脅しといい、原子力は「地方問題」で括られる要素を全て持っている。「都会VS地方」のような二項対立に落とし込みたくはないが、しかし、そういう要素が濃厚な問題であるのだ。
次回は原発の「労働格差」問題について説明していこう。出来るだけ早く。

参考:
六ヶ所村ラプソディ
http://www.rokkasho-rhapsody.com/


原発が来た、そして今

原発が来た、そして今


追記:写真はフクロウ

*1:今でも切り干しイモが名産。実に美味い

*2:相良や榛原には存在したが、それも黙らせた

*3:前回エントリーを覆すようだが、リスクヘッジを考えればそうなる

*4:以前紹介した「東京アンダーワールド」には、自民党が右翼(≒ヤクザ)を利用した経緯が出ている