シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

原子力は蘇らず

昨今、気候変動対策やウクライナ情勢によるエネルギー安全保障問題で、再び原子力に寄せる期待が大きくなっている、というメディア記事が増えました。
すると、どうでしょう。再生可能エネルギーについてはネガティブな情報以外飛びつかない方々、自称冷静で中立的で科学的な立場の人々、原子力ゾンビが元気になってきております。ゾンビとゴキブリは早めの駆除が良いですから、このへんで、原子力の復活は無いよ、という話をいたします。

 

間に合わない

まず、大事なことですが、そもそも今から原子力を拡大させても気候変動対策やウクライナ情勢に端を発するエネルギー資源不足には到底間に合いません。
原発は計画から送電開始まで最低でも20年は掛かります。現在の規制状況に適応させた新設となれば、30年経っても完成に至るか判りません。なぜなら、安全基準に対応した新型原発、というものは日本では計画さえされていないからです。新たに設計し製造を始めるにしても、そもそも原発メーカー自体が消滅しかかっています。SMR(小型モジュール炉)については、この後、説明しますが、これも安全基準を満たせるのかすら明らかではないものです。

既存の原発の再稼動に関して言えば、これは最低限の安全基準さえ満たすことが出来ないために再稼動出来ないのであって、それを無理に急がせようとするなら「安全が最優先」というお題目が嘘である、ということになってしまいますね。まあ、実際に嘘だと思ってますが。
今から想定される需要に対応出来るのは、再生可能エネルギーの拡大だけです。

 

造るところがない

すでに、原発メーカーは世界的に成り立たなくなっています。日本の東芝や日立、三菱重工などがどういう状況かはご存知でしょう。もっといえば、その下請けではとうに原子力に見切りを付けた企業も多く存在します。部材調達等すらままなりません。原子力技術自体失われつつあります。それらを復活させるにしても、喫緊のエネルギー問題には対応できないのは、すでに述べた通りです。日本だけでなく、イギリス国内にはメーカーがありませんし、フランスのアレボも潰れかかっています。アメリカでも同じです。
原発復権に熱心なのは、アメリカ、イギリス、フランス、そして中国、ロシア、インドというわけで、つまりは、核兵器のための原子力技術維持なのです。そんなものに付き合う義理は無いと思うのですが。

 

新技術、に期待を持ちすぎ

また、勘違いが過ぎるのが、新型炉の話です。例えば、SMRなどが期待を寄せられて、日本政府だけでなく、企業からも投資対象となっているようです。さすがにポンコツの日本企業だけのことはあります。
というのも、SMRの方式は新しくもなんともない、極めて古い代物なのです。
もともと、原子力黎明期には様々な方式が試されました。熔融塩の利用や液体金属を冷媒にした高速炉も試作されています。
ですが、現在世界で利用されている原子炉の方式は、ほとんどが軽水炉です。簡単にいえば、他は軽水炉に遥かに及ばなかった、のです。
アメリカ海軍のリッコーバー提督は海軍艦艇の動力として原子力を強力に推進しました。特に潜水艦動力への搭載に力を入れ、開発を進め、結果として採用されたのが軽水炉だったのです。後の発電所にもこの時の研究開発の知見が生かされています。
ちなみに、リッコーバー提督は、その原子力偏愛ぶりによって、TVドラマ原潜シービュー号のネルソン提督のモデルとなりました。私の幼少期には、「宇宙大作戦*1」と並んで「原潜シービュー号海底科学作戦」という番組があり、原潜シービュー号が活躍する、という話でしたが、そこでの原子炉の扱いは、今見たら卒倒するほどの雑さ加減です。それでも、制御棒が抜けたら危険、等の描写はありました。

 


www.youtube.com


閑話休題


つまり、軽水炉は、最も経済的で安全、な原子炉として普及が進んだのです。そして、初期には10万kW程度だった出力も、どんどん大型化して100万kWを超えるようになりました。
大型で高出力でないと、経済的に割に合わなくなったからです。それですら、現在では割には合わない。民間企業では成り立たなくなっているのです。
では、なぜ、SMRに期待が寄せられているのか?それが、「型式」にあります。原子炉は一品ものとして特注生産になるため、どうしてもコストが上がってしまう。それに対して、「製品」として「型式」を認めてもらってモジュール化(≒大量生産)する。そして、それぞれの「製品」の安全試験を免除してもらう。これが、SMRの低コスト化のロジックです。しかし、大量生産といっても、それほどの需要があるかは判りません。コストダウンに繋がるほどの生産規模を持てるかは疑問ですし、そうして作られた部材を各々の安全審査無しに原発に組み上げる、ことを許容出来るでしょうか?大量生産品は不確定な要素で不良が生じます。それを許容範囲に置くのが生産管理、品質管理です。原子力のような危険性のあるものまで、その基準を当て嵌めて良いか。私は到底許容できません。

 

人がいない

このへんは以前も述べました。
原子力工学に通じた人材も、すでに10年以上前から不足していますし、建設や運転、維持管理に携わる人も尽きています。新たに立ち上げるにも人材が不足しているので、まず、そこから手当てする必要があります。
それ以上に、人手不足の折、人が集まりますか?高額賃金を払えば良い?前にも述べた通り、原子力は、その労働環境ゆえに多重請負構造でないと維持できません。よって、末端に届く賃金はどうしても少なくなり、コストアップになるのです。また、その請負により働く人の身元も明らかではない。先日、新潟や島根で入場管理のような問題が持ち上がりましたが、多重請負で手配した人員が働く環境である以上、厳密なチェックは不可能なのです。テロリストだ!スリーパーセルだ!みたいなことをいう人なら、原発には反対した方が良いですよ。中からの破壊工作は、内部構造の複雑さも含めて、貴方が思っているより容易なのです。

 

安全保障上の脅威となる

上の話も含め、安全保障上の問題が多くあります。労働者の問題もありますが、攻撃対象になった場合、防ぐ方法はありません。
そして、自分も気づかなかったのですが、発電所外壁は厚く頑丈に造られており航空機の衝突にも耐えられる(そう)ですが、天井部はそうではない。格納容器の燃料交換用にクレーンが付けられており、頑強な天井を造ることはできなかった。
福島第一原発の水素爆発時の映像を見れば、天井部は極めて弱いことが見てとれます。また、使用済み核燃料格納プール等のことを考えれば、上部からの航空攻撃に脆弱です。
日本が突如攻められる!防衛力強化が必要だ!みたいな人は、原発に反対しないといけませんね。
例え、原発施設の防備を固めてもムダです。
送電線を破壊されても原発は停止させなくてはならない。ここは以前説明した通り。巨大電源である原子力の構造的欠陥というべきでしょう。


政府が責任を取らない

 

【解説】原発事故で国の責任認めず 最高裁の判断は

福島第一原子力発電所の事故で各地に避難した人などが、国と東京電力に損害賠償を求めた4件の集団訴訟で、最高裁判所は「実際の津波は想定より規模が大きく、仮に国が東京電力に必要な措置を命じていたとしても事故は避けられなかった可能性が高い」と判断し、国に責任はなかったとする判決を言い渡しました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220617/k10013676431000.html


この判決は、日本政府に原子力を扱う能力がない(責任を取れないのだから)ということを認めてしまったものです。
今後にあたっても、責任を取れない輩に重大ごとを預けることは出来ないでしょう。


というわけで、いかに「原子力復権」を印象付けようとも、実際には原子力の拡大など進めようがありません。上記の問題を一つ一つクリアしようとする間に、再生可能エネルギーは低コスト化が進み、拡大必至です。それを無理しても原子力に拘るような真似を行なえば、温暖化対策も中途半端となり、世界の産業構造変革に置いてきぼりを喰う事になるでしょうね。

まあ、以前に、

再生可能エネルギーに力を入れないと、世界的趨勢についていけなくなるよ
・(再生可能エネルギーで)優位性のある技術でも、競争力を失ってしまうよ

と忠告した通りになってしまったので、今回もそうなるでしょうけど。
さすが、世界に冠たる衰退国家ニッポンですね。
では。

*1:star trek の邦題