シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

ダヴィンチコード

秘密に大きさなどあるはずがない。いくら大きな秘密と叫んでみたところで、暴かれてしまえば所詮はちっぽけな秘密にすぎないからだ。あるのは空虚な秘密、すぐに漏れてしまう秘密、だけなのだ。(中略)
真の奥義を伝習された者は、秘密の中の最強の秘密が中身のない秘密だということを知っている者。なぜなら、いかなる敵も彼にその秘密を白状させることはできないし、またいかなる信者であっても、彼からその秘密を消し去ることはできないからだ。
    フーコーの振り子 ウンベルト=エーコ 文春文庫

ダヴィンチコード見てきた。映画館も満員状態。長尺の映画にも係わらず、あまり時間を意識することは無かった。
上映前試写会では失笑が漏れた、とかいう報道もあったが、ラストシーン近くでは客席が静まりかえっていたのが印象的だった。映画は確かにテンポが鈍い感じはする。ただ、原作にほとんど忠実であったことを考えると、尺を縮めたらアクション映画になってしまうし、間延びを避けてドラマにするにはこの程度の長さが限界だろう、という気がした。

原作との違いだが、ソフィーがまったく役に立たない。背景の紹介が少ないこともあって運転が乱暴な女性、の印象しかない。オドレィにもセックスアピールが足りないし、無味乾燥した感じ。平たくいえば華がない。トム=ハンクス演じるラングトンは原作での洞察力が皆無で、聖杯を巡るミステリーには懐疑的な役を振られている。役割がシッカリしていれば懐疑的立場も意味があったんだろうけど、あまり効果的には働いていなかった。ジャンレノのファーシュも何なのかさっぱり掴めない。シラスとイアン=マッケラン演じるティービングは魅力があった。ひとえに原作の謎解きミステリー部分に頼る所が大、という感じではある。それで充分に面白いけどね。個人的にはルーブルやテンプル教会、ウェストミンスター寺院、ロスリン礼拝堂なんかをじっくり見たかった。


原作「ダヴィンチコード」を読んだ後、同じテンプル騎士団繋がりということで「フーコーの振り子」や「レックスムンディー」を読んだ。比較してみるとなかなか面白い。さて、「ダヴィンチコード」を読んで納得できない部分、それは謎の正否に係わる事ではなく、その是非に関することだ。


つまり、レンヌ=ル=シャトーに端を発する謎とは、「イエスマグダラのマリアの血脈が、メロヴィング朝を通じ今に残っている。」ということな訳だ。ここではイエスダヴィデ王の末裔(ユダヤの正当な王統を示す)で、マグダラのマリアは有力王族ベンヤミン族、どちらも高貴な一族同士の婚姻だった、という「血統主義」がウリになる。


だがね、イエス自身は少なくとも血統主義のような人間の貴賤を否定してたんじゃなかっただろうか。神の愛は平等、ってそういうことだろ?二人が婚姻関係にあって子供がいても構わない。だが、血統主義による正統性の主張は嫌な感じだ。ヨシュア(イエスギリシャ読み)はガリラヤの大工の息子、マリア(古代ユダヤではマリアは女性に広くある名前だったらしい)は娼婦。社会の底辺にあるが故に、人の弱さと悲しさを知る者が神の愛を説き救世主となる。この方が選民思想くさい血統自慢より良いような気がするんだけどね。


この他、カタリ派も興味深い。カタリ派の特徴として、この世は悪の造物主(デミウルゴス)が創ったモノで、真の神の威光はこの世界に及ばない。よってこの世界に棲む人間は、世界の軛より逃れて昇天する事で救済される、という考えがある。かなり徹底した現世否定であるが、中央アジア発祥のマニ教から影響を受けているようだ。マニ教自体も、ゾロアスター教の二元論の上に立っているようだが、仏教の影響もあるようだ。つまり、現世は儚いもので、この世から解脱することで涅槃(=救済)に至る、という仏教(というかバラモン教派生宗教)の考えが、ゾロアスター教の同格な善悪両神の対立とくっついて出来たのがマニ教なのでは、と考えているのだ。まあ、イエスの説いた初期キリスト教は仏教の影響がある、とか、墨子の影響がある、という話もあるし、各宗教・思想間の影響を考えるのも面白いかも。


ちなみに、カタリ派マニ教)は南フランスでは法王庁やフランス王に迫害され、アルビジョア十字軍で全滅に追い込まれる。同じくボゴミール派も正教会に異端視されていた。マニ教の流れを組む結社は中国でも政権側と何度も対立する。白蓮教徒などがそれだ。何かマニ教には世俗権力と決定的に対立する要素があるのかもね。

ダ・ヴィンチ・コード(上) (角川文庫)

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フーコーの振り子〈上〉 (文春文庫)

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レックス・ムンディ (集英社文庫)

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新約聖書を知っていますか (新潮文庫)

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追記:写真は由比本陣前の桜エビかき揚げ屋台