シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

村上春樹氏に謝罪、そして不安

村上春樹さん、エルサレム賞記念講演でガザ攻撃を批判
http://www.asahi.com/culture/update/0216/TKY200902160022.html

エルサレム=平田篤央】イスラエル最高の文学賞エルサレム賞が15日、作家の村上春樹さん(60)に贈られた。エルサレムで開かれた授賞式の記念講演で、村上さんはイスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃に触れ、人間を壊れやすい卵に例えたうえで「私は卵の側に立つ」と述べ、軍事力に訴えるやり方を批判した。

村上春樹氏、ならびにファンの方々へ。
以前のエントリーで以下のように述べました。


賞の名誉は?
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20090129/1233239344

ただ、自分は村上春樹嫌いなんですよ。

だから、嬉々として賞を受け取って、イスラエルの(パレスチナ人虐殺への支持が8割もある)人々に心からの感謝を述べて欲しいですね。


しかし、私の希望?に反して、村上氏は予想以上に踏み込んだスピーチを行いました。
その勇気と決断に敬意を表すると共に、謝罪したいと思います。
申し訳ありませんでした。


NHKニュースでの報道だと、「やっぱりやりやがった!この日和見め!!」などと小躍りしたのですが、それはNHKのトリミングによるものでした。村上氏のスピーチは、ハッキリとガザ虐殺を念頭にいれたものだった、と認識しています。


しかし、その一方で若干の懸念もあります。


村上氏、イスラエル授賞式で講演 「制度が組織的に人を殺す」
http://www.47news.jp/CN/200902/CN2009021601000122.html

講演は英語で約15分間行われ、約700人の聴衆が大きな拍手を送った。


この拍手は何に向けられたものなのでしょうか?果たして自国の残虐な政策に憤懣やるかたない人々の拍手でしょうか。であれば、イスラエル賞関係者の「寛大さ」のアピールになってしまっている、そんな懸念が湧きます。
しかし、私が想像しているのは、もっとやっかいな事です。

村上さんは、小説を書く時「高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵」を常に心に留めており、「わたしは常に卵の側に立つ」と表明。壁とは「制度」の例えだと説明し「制度は自己増殖してわたしたちを殺すようになったり、わたしたちに他人を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる」と警告した。

 これに対し、「卵」は壊れやすい殻に包まれたような個々人の精神を意味するとし、個性を大切にすることで「制度がわたしたちを利用するのを許してはならない」と語った。
(前述 47NEWS より引用)

イスラエルの聴衆(そして国民)は、その壁と卵を、我々がとったように、壁=分離壁に代表されるイスラエルの暴力機構(それを許容する国際世論)、卵=それによって傷つき殺される(特にパレスチナの)人々、とはとらずに、壁=イスラエルを包囲しその振る舞いにケチを付けたがる国際社会、卵=それによって行動を掣肘されるイスラエル国家、と捉えているのではないだろうか。
スピーチを読む限りでは、そう解釈する事だって可能だ。


小説家である以上、何かをメタファとして言葉を紡ぐ事もあるだろう。村上春樹氏を責める事は出来ない。しかし、氏が踏み込み、そしてその行動を評価するほどに、イスラエルの人々にその言葉の示すところは届いていないかも知れない。