シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

イディオット・ファクトリー

ついでにもう一つmojixから。


これを「リバタリアンIT長者のトンデモ思想」と言い切れるか PayPal創業者ピーター・シールの「先見力」
http://mojix.org/2010/10/21/peter-thiel

<オフラインの世界では、シールは海上に法律の及ばない水上共同体を作ったり、宇宙開発を進めたりする非営利団体「シースティーディング(海上国家建造計画)」の中心的な支援者でもある。狙いは、海上や宇宙空間で新たな政治体系を作り上げること。実現には時間がかかるかもしれないが、そのための対策も忘れていない。人間は1000年生きられると信じて延命方法の研究を行っているメシュセラ基金に巨額の寄付をしているのだ>。

このレベルまで来ると、たしかに普通の人からすると「トンデモ」風味が感じられるかもしれない(笑)。しかし私のようにリバタリアニズムに共感している人間からすると、「まあそうだろうなあ」という納得感がある。ピーター・シールの場合、これはリバタリアニズム的な動機から出ているだけでなく、ネットでの商取引に「通貨」や「制度」が障害になる、という先の話の延長上にあることは間違いない。Googleのような企業がツバルのような小国と組んでもおかしくない、という私の考えに賛同してくれる人であれば、海上や宇宙に新しい「国」を作ろうという発想も、それほど荒唐無稽とは思わないだろう。

いずれにしても、このピーター・シールの「トンデモ」な試みは誰にも迷惑をかけていないのだし、巨額のカネをこういう先進的な研究につぎ込んでいるわけだから、むしろ人類に貢献している。シリコンバレーでは、起業や投資で成功して億万長者になった人が、こういうブッ飛んだ研究にカネを出すことで、さらにイノベーションが起きていくというサイクルがあるのだろう。こういうブッ飛んだ研究は、国の税金ではできない。

そう、「トンデモなリバタリアンIT長者」のPayPal創業者、ピーター・シールが50万ドルを出したのは、同じくリバタリアンで、それもミルトン・フリードマンの孫にしてGoogleエンジニアという、こちらもスゴイ肩書きのパトリ・フリードマンだったのだ。

まさに「トンデモなリバタリアン」のコンビとも言えるかもしれないが、こういうクレイジーなことに本気で取り組む人がいて、それにカネを出してくれる人がいる、というのがアメリカのすごいところだ。これを「トンデモ」だと鼻で笑うような「常識人」よりも、トンデモでクレイジーなことに挑戦する人のほうが、断然カッコいいと思う。


まぁ、この考えはハッキリとトンデモと切り捨てて構わないと思う。別に、実現困難な事に挑戦しようとしていることを嗤おうというのではない。
単純にこの考えは何度と無く自称リバタリアンによって試みられているからなのだ。

彼(シートン注:後述する人物)は、新たな国をつくろうとしたことがある。島を買って独立すればよい、と考えて自社アーマライトの副社長だったジョ−ジ・マイケルに指示を出し、独立国家として主権 −少なくとも準主権− を主張できるような島の売り物を物色させたのだ。幅は八キロ、長さは二四キロ以上あること、という条件だった。

彼らも自分と同じく、ますます世の中にはびこりつつある愚かで、意志が弱く、知性が低い人々との決別を求めているはずだと信じていたからだ。グラハム・アイランドは、本義のある帝国となり、グラハム流の『肩をすくめるアトラス』*1となるはずで、科学はその神に、また法になるはずだった。

グラハム・アイランドは、しかしついぞ構想の域を出なかった。マイケルは株をめぐる対立でアーマライトを去った。グラハムの興は醒めた。


この“グラハム”という人物は、プラスティックレンズの開発によりアーマライト社を興した大立者。引用にもあるように、独立国家を造ろうとしたが結局は挫折している。グラハム自身は、その後、別の夢に人生を費やす事になり、一般にはそちらの方がよく知られている。
彼、ロバート・グラハムは、あのノーベル賞受賞者精子バンク「ジーニアス・ファクトリー(天才工場)」*2創始者なのである。
その時代遅れな「優生学」に基づく「精子バンク」は、グラハム自身の夢を実現することは無かった。それは嘲笑されただけである。前述の引用先、「ノーベル賞受賞者精子バンク」(早川書房)には、そのロバート・グラハムの魅力的な人となりと意図を超えた経緯が載せられているが、リバタリアン 彼はまさにリバタリアンだった としての夢の一つに「独立国家」があったわけである。
マイ独立国家、というのはリバタリアンの大富豪の夢なのだろう。そして、それは今更な夢でもあるわけだ。


余談だが、誰にも制約されず、自らを恃みとする“独立した”生活。それは、ロビンソン・クルーソーに近い。そして、そのロビンソン・クルーソーは、イギリスの植民地獲得の野望を掻き立てるために書かれた、と知っているだろうか?ロビンソン・クルーソーが流れ着いて住み着いた島は、南アメリカオリノコ川河口にある、と設定されている。そもそも、実在の人物の体験談として出された話なのだ。
この話はイギリス人の南アメリカ植民地への欲望を掻き立て、翌年の「南海泡沫事件」に影響を与えた、と云われている。ちなみに、「南海泡沫事件」とは、バブル経済の語源となった。


さて、マイ独立国家の失敗の理由は様々だろうが、例え独立国家化しても、問題はすぐに噴出する。
この独立国家に行こうという誰もが、ロビンソンには成りたくても、フライデーには成りたくない。当然のことだろう。であれば、速やかに内部分裂して崩壊する。グラハムの失敗も内部対立によるものだった*3


というわけで、ピーター・シールやパトリ・フリードマンの夢をトンデモ、と嗤うのは、それが何度と無く試みられてきた、そして失敗してきた「独裁国家」の夢でしかないからだ。
ま、こんなものを賞賛しているようじゃ、リバタニアンの集まりというのは「バカ工場」と云えるのかもしれない。

ノーベル賞受賞者の精子バンク―天才の遺伝子は天才を生んだか (ハヤカワ文庫NF)

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肩をすくめるアトラス

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なぜ人はニセ科学を信じるのか〈2〉歪曲をたくらむ人々 (ハヤカワ文庫NF)

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ロビンソン漂流記 (新潮文庫)

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黄金郷(エルドラド)伝説―スペインとイギリスの探険帝国主義 (中公新書)

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*1:原文注:作家アイン・ランドの小説。非現実的な設定で資本主義を擁護している シートン注:アイン・ランドリバタリアニズムの強力な擁護者で、その信奉者にはグリーンスパンなども含まれる

*2:正式名称はレポジトリー・フォー・ジャーミナル・チョイス

*3:アイン・ランドのコミュニティも内部分裂によって衰退した