シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

メディア業界の無残な認識の例:朝日新聞原真人氏の場合

アメリカ大統領選でのトランプ氏の当選が未だ尾を引いているようですね。とりわけメディア業界のショックは大きいようです。認知的不協和の極致、“実はトランプ大統領、そんなに悪くはないんじゃね?”みたいな戯言が並び始めましたからね。まあ、トランプ氏の“本当の”問題点は、安倍晋三と共通しますから、そこへ踏み込めないのは判ります。
後出しじゃんけんのようですが、私はおそらくトランプ氏が当選するだろうと思っていました*1。なぜなら、町山智浩さんらが伝える没落したアメリカ中間層、特に“ラストベルト”の人々の姿は、EU離脱直前のイギリスの姿に良く似ていたからです*2。トランプ氏の暴言が致命的、という意見もありましたが、支持者が暴言すらも好意的に受け止め(もしくはメディアによる印象操作やトリミングと見なすか)、問題視しないのは、日本における安倍政権閣僚の“失言・失態”の嵐が致命傷になっていないことから伺えます。トランプ氏を際物扱いするのは、鏡に映った自分に気づかないようなもの、と私は書きました。同じことが、アメリカでも起こっただけです。


ドナルド・トランプの何が問題なのか?
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20160214/1455409657


さて、アメリカでは、イギリスのEU離脱と同じく“取り残された人々”とメディア業界の乖離が衝撃を与えており、日本でもそのような認識が出てきていますが、その無残な実例、というべきものに出くわしました。


朝日新聞の原真人氏です。


原真人氏は以前から、新自由主義自由貿易を礼賛し、消費税増税と緊縮財政による財政規律の維持を説くような人でしたから、基本的に相手にすべき存在ではありません。しかし、この11/14付けの一面記事における言葉は、そのダメさ加減が溢れているので、サンプルとしては丁度良い。


(トランプショック どう考える:4)自由貿易、制限する前に

(略)中国は15年前、世界貿易機関WTO)に加盟し、自由貿易市場に仲間入りしてから飛躍的に国民生活の水準を高めた。世界の再貧困人口は5年で3億人以上減った。貿易をてこに成長を遂げたアジアの途上国で多くの雇用が生まれたからだ。米国も恩恵を受けている。この20年で経済規模は6割も膨らんだ。

http://www.asahi.com/articles/DA3S12657951.html


こんな認識なのだと呆れるばかりです。この前々日、11/13にトランプ氏当選の背景について、やはり朝日新聞の金成記者が“ラストベルト”のルポを載せていました。そこで、こんな部分があります。


トランプ王国、反エリートの情念 ニューヨーク支局・金成隆一

学歴がなくても、まじめに働けば、子どもは親の世代より豊かになれる。明日の暮らしは今日より楽になる。米国の勤労精神を支えた「アメリカン・ドリーム」が色あせている。米国の実質賃金は50年ほどほとんど上がっていない。

http://www.asahi.com/articles/DA3S12656491.html


原氏は、この15年でアメリカは(自由貿易推進を方針とする)WTOに加盟した中国との貿易によって6割も経済規模を増やした、と述べます。しかし、金成氏はこの50年ほどアメリカ労働者の実質賃金はほとんど上がっていない、と示しました。であれば、中国との貿易はアメリカ労働者に何の恩恵も無いということになります。自由貿易によって創出された富は、中間層のものにはならない、というのが、同じ新聞の中で明らかにされているのですから。むしろ、仕事を奪う、と述べるのは当然のことでしょう。新自由主義者は、今は苦しくても創出された富はそのうちやってくる、と説きます。つまり、“トリクルダウン”です。ですから、アメリカの中間層も今まで自由貿易を否定まではしていなかったわけです。ですが、50年も恩恵が無い、自分だけでなく、子、孫の世代でも恩恵が無いとすれば、“トリクルダウン”は空手形だ、と見なすのは当たり前です。


原氏は自由貿易を否定するのではなく、社会保障で対応すべき、と述べます。しかし、原氏はその社会保障の財源をどこに求めるのでしょう。原氏は散々、消費税増税を説き、財政出動を否定し、財政規律重視を説いてきました。再分配どころか逆進性のある消費税で社会保障、となれば、中間層や貧困層はより追い詰められます。原氏は何一つ判っていないのです。


私自身は自由貿易には反対であり、保護貿易で構わないと考えます。でも、もし自由貿易を進めるのであれば、世界的な再分配の仕掛けが必要になるでしょう。自由貿易を推進する側こそ、自由貿易は世界的に富を創出したのだ、保護貿易になれば経済が縮小し*3、害を被るのだ、などとシャバいハッタリで脅しを掛けるのではなく、効果のある方策を考え、それを提案し、実行すべきなのです。


EUが自壊の道を歩むように*4、世界で自由貿易を推進しようとすれば、より広範囲で徹底した“叛乱”に直面する事になるでしょう。
その時に、まだ原氏のようなメディア業界人は、その認識ギャップに気付かないのでしょうか。無残ですね。では。

新・反グローバリズム――金融資本主義を超えて (岩波現代文庫)

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*1:一度、自分から見える様相は明らかにトランプ氏の当選可能性は結構高いのに、なぜメディアはクリントン氏が有利と伝えるのか不思議になり、「過去、大統領選を的中させた」という ネイト・シルバー氏のサイトを覗きましたが、そこでもクリントン氏が約70%の勝率で有利、とあり、「そんなものかなぁ」と思ったことがあります 参考:http://bylines.news.yahoo.co.jp/yoneshigekatsuhiro/20161109-00064269

*2:町山さん自身はクリントン氏の勝利を確信していたようだったが

*3:自由貿易推進論者がおかしいのは、現在、各国の貿易は基本的に自由貿易ではなく保護貿易なのだが、それで何か問題があるだろうか?逆に自由貿易協定締結したところには問題が生じている。状況に応じて関税を変えるで充分であり、差異を無視した「自由貿易」が素晴らしいというのは理解しがたい

*4:EUエリートは未だに問題を理解していないか、判らないふりをしているのか、共通通貨ユーロの問題と各国の中間層・貧困層の怒りを無視しています。おそらく、巨大なしっぺ返しが起こるでしょう。