シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

アメリカとは今のうちに手を切るべき

実を言うとアメリカはもうだめです。
突然こんなこと言ってごめんね。
でも本当です。

中間選挙後にものすごくゲスい共和党の扇動が起こります。

それが終わりの合図です。
程なくトランプの「I'll be back!」が来るので気をつけて。
それがやんだら、少しだけ間をおいて終わりがきます。

 

ロシアのウクライナ侵攻という酷い話がずっと続いているわけですが、この先どうなるんでしょうね。長期戦になるにせよ、ロシア側をウクライナ国境外に撤退させる、では済みそうも無い感じで気分が暗くなります。正直なところ、プーチンウクライナ侵攻を行うとは思いませんでした。どうみても得なことにはならないから、さすがに武力行使はないだろうと思っておりました。実際、東欧・北欧、中央アジア諸国の反応を見てもマイナスの影響しかありません。しかし、独裁者というのは都合のよい情報しか受け取りませんし、(当人が)合理的と思う行動、というのはこうしたものなのかもしれません。

さて、ウクライナ侵攻に便乗する形で、日本の極右勢力が盛んに防衛力増強!を叫んでおります。もちろん、このへんは国粋主義的に振舞いつつも、アメリカの番犬的役割(三下ともいう)を進んで努める、という倒錯的な態度ではあるのですが。台湾問題なんちゃら、がそれを物語ってますね。
ニュースでも、二言目には「アメリカといっそう緊密に連携し~ 」みたいな感じで、どんだけ緊密になれば気が済むんだよ、何ならアメリカの一部にして貰えば?ぐらいにうっとうしい。
クソウヨ連中の自画自賛「スゴイ日本!」も、結局のところはアメリカに従属していることに対するアンビバレントな感情が呼び起こすものなのではないか、と思っています。
それくらいアメリカにべったりな日本ですが、私は今のうちにアメリカとは手を切るべきだろう、と思います。

現在、アメリカは猛烈なインフレとそれを抑制するための利上げが進む状況にあります。完全にスタグフレーションな日本よりマシとはいえますが、アメリカ国民がどう取るかは別の問題です。
おそらくは、今秋の中間選挙共和党は大勝し、下院を押さえることになるでしょう。
そうなると、現在でさえ上院でどうにもならないのに、下院まで押さえられたらバイデン政権はまったく身動きが取れなくなります。ヘタをすれば弾劾もありえます。弾劾の名目は怪しげなものでしょうが、共和党というかトランプ支持者にとっては、あまり中味はどうでもいい。弾劾による政権運営妨害自体が目的になるからです。
さらに各州では、マイノリティの権利制限が進むことになるでしょう。共和党の押さえる州では既に、女性の中絶権利が奪われたりしていますが、投票権利に対しても妨害が進んでいます。これは、人口だけでいえば共和党支持者、保守的白人層は少数だからですが、このような妨害行為に異論を唱えようにも、連邦最高裁自体が保守の牙城と化しているので、彼らは躊躇うことがありません。特に狙われるのがスイングステートでしょう。そうなると、24年の大統領選挙でトランプ復活、がほぼ確実です。その時点でアメリカ合衆国、は終わり。

神聖トランプ王国*1になるか、第二南北戦争(The 2nd Civil War)が始まるか、しかありません。
トランプ自身はもしかしたら、ホワイトハウスで執務を取らないかもしれませんね。フロリダは保守派の多い土地ですし、今の居住地が気に入っているようです。ワシントンDCに来れば抗議が活発になるのが目に見えていますから、フロリダに首都移転すらしかねません。
また、トランプはプーチンにシンパシーを感じているようですから、ウクライナ侵攻に対してアメリカ(神聖トランプ王国)が掌返しをする可能性は多分にあります。そうなったら、日本はどうします?
今までアメリカ(バイデン政権)に追従する形で進めてきたことを、トランプ政権になったらコロッと変えますか?番犬、三下としてはそれで構わないんでしょうけど、国際社会、から見たら信頼の置けない国家、となるでしょう。
それ以上に、神聖トランプ王国、だろうと、第二南北戦争になろうと、アメリカの衰退と国際的影響力、の低下は避けられないでしょうね。番犬、三下として振舞っても庇護を受けられなくなる可能性は高い。

そうなる前に、アメリカとは距離をおくべきではないでしょうか。
まあ、一番いいのは、今のうちにアメリカをUSAとCSA(≒神聖トランプ王国)に分離することですが。
では。

*1:これは、半分ギャグ、半分本気で云っています。大統領選に勝てば、前回の反省に立って閣僚を身内で固めるでしょう。つまり、「王国化」することになります。そして、支持者はそれすら肯定し「神聖化」して受け入れるでしょう。

安倍晋三は「自業自得」

安倍晋三の暗殺事件ですが、とても残念です。ヤツは殺されるべきではなく、キッチリと、しでかした事をゲロってからムショに入って、自身の罪を反省し償うべきでした。
当初、メディアが選挙妨害だ、民主主義の危機だ、みたいな的外れなことを云ってましたが、安倍を司法の場で裁くことが出来ず、殺されてしまったことが民主主義の危機といえるでしょう。


さて、安倍に限らず、統一協会自民党を主とする政治家の関係が炙り出されてきましたが、安倍が死ぬまで放っておかれた、ということが問題なわけです。


容疑者が母親の問題を解決するに当たって、本来であれば警察を始めとする行政が力になれたはずです。しかし、それが機能しなかった。代々の自民党政権がズブズブだったからですね。


安倍政権が問題が起こるたびに、権力を濫用して誤魔化したことは周知の事実です。
モリカケサクラアベノマスク…。


公正で正当な手続きによってものごとが解決されないとすれば、被害者が真っ当ではない手段に訴えたとして、それを一概に責められるものでしょうか。その場合、暴力的手段に訴えるな、とは、泣き寝入りしろ、ということに他ならないからです。


いじめ問題でもありますよね。言葉や扱い方など非物理的手段で散々いじめて、いじめ被害を訴えても教師も見ないふりをする。その挙句に被害者が暴力に及んだら、「どんな理由があろうと、暴力はいけない!」などとしたり顔で語る輩をどう思うか?その前にいじめ問題にキチンと目を向けるべきであった、というのが、妥当な意見でしょう。


民主主義社会においては、暴力的な手段は問題解決方法としては認められていない、それは、権力を持つ側が公正で透明な手続きで対応し、説明責任を持っているからです。それを蔑ろにするようであれば、そもそも民主主義とは云えないのです。
自民党政権専制的な振舞いは看過しつつ、容疑者の行動を非難する、それは片手落ちというものでしょう。
安倍晋三の暗殺とは、自ら破壊した民主主義、そのツケを自身の命で払うことになったということです。その意味では「自業自得」と云えるでしょう。
では。

それでも日本人は「足して2で割る」を選んだ

先日の衆議院選挙に関して、興味深いコラムを読みました。

衆院選>それでも日本人は新自由主義を選んだ(現代ニホン主義の精神史的状況 藤崎剛人)
https://www.newsweekjapan.jp/fujisaki/2021/11/post-24.php

北守さんこと藤崎剛人氏が書かれたものです。選挙の結果は維新・国民民主の勝利であり、人々が「新自由主義」を選んだ、という話でした。話自体に異論は無かったのですが、果たして人々は「新自由主義」を選んだ、のだろうか。そもそも、維新を新自由主義政党と認識していたのだろうか、と感想を持ちました。なぜなら最近、こんなことを体験したからです。

 コロナ禍もなりを潜め始め、落ち着いてきたかなという頃、少人数ですが一席設ける機会がありました。久々の宴席ということもあり話題も尽きなかったのですが、その中で、知人の教員が歴史談義を行なっている、という話が出たのです。そこで一人が「それって偏ってない?」と持ち出しました。話した当人は「特に偏っていないと思うよ。バランスは取れていると思う」と述べたのです。
 私は驚きました。「偏ってない?」と尋ねた人も「偏ってない」と返した人も、どちらも別に歴史に詳しい人物ではなかったからです。どうやって、偏っている、偏っていない、というのを判断するのだろう。そもそも、ここにおける偏っている、偏っていない、というのは何を指すのか、“偏っていた”らどうだというのか。まったく判らないことだらけでした。
私にとって、歴史を含め、学問と云うのは正しいかどうか、そしてどのようなプロセスを経たものなのか、ということには興味がありますが、偏っている、偏っていない、というのは意味が判りません。正しいかどうか、は実証作業や文献精読によって知ることが出来ますが、偏り、はそんな簡単な事では無いのです。
なぜなら、偏っている、偏っていない、というのは、その判断基準が明確でないと判断出来ません。判断基準を明確にするには、その全貌について広範囲な知識と判断力が必要で、それだけの知識も判断力も無い者が偏っている、偏っていない、と決めるのは随分大胆な真似をするものだな、と感じたわけです。

私もまあまあの期間、ここに駄文を書き連ねていますが、正しいかどうかについては判断、断定したことがありますが、偏っている、偏っていないを述べたことはありません。
 以前、エントリーにもしましたが、偏っている、偏っていないを判断する、というのは本当は非常に難しいことなのです。

 

東浩紀の終焉
https://dr-seton.hatenablog.com/entry/20090113/1231856152

 

 つまり、偏っていないポジション=「中庸」を尊ぶつもりなのでしょうが、大概は単なるどっちつかずでしかなく、そして、中庸に相応しいほど深く掘り下げたものでもない。せいぜい「足して2で割る」に過ぎず、中庸とは程遠いのです。ただ、過去エントリーで書いたように、日本の政治家は自分は中庸にいる、と“バランスの取れた(つもりの)”ポジションに拘泥します。同様に“普通の日本人”も自分を真ん中のポジションだと思いたがる。そう、思いたがっているだけ。

 右でも左でもない日本が好きなだけの普通の日本人、というプロフィールに見覚えがありませんか?もしくは、アナタがそう紹介しているか。でも、そんなプロフィールの人は、大半が歴史修正主義権威主義的でとりわけ社会的弱者の人権を蔑ろにする与党支持者だったりします。自分が“中道”“普通”*1と考えている人は多そうですが、自分がどうやってそう判断しているのか、少しは省みても良いのではないでしょうか。

 さて、自分が“中道”“普通”と考える人々はその行動誘導が容易です。選択肢を3つ用意しておけば、真ん中を選びたがるからです。

 つまり、“中道”“普通”とは、両端を設定することで生まれるわけで、かなり恣意的に誘導できるのです。

 こうして、今回の衆院選を振り返ると、維新(または国民民主)は一貫して、真ん中として見せ掛けようとしていたことが判ります。自民を右(正確に云えば保守的に)に、立憲と共産をくっつけて立憲共産と呼ぶことで左に位置づけ、維新・国民はそれらと“一線を画す”存在としてアピールしていました。これは、維新・国民自身だけでなく、メディアもそういう方向に誘導しています。
「立憲共産党」というのは選挙期間に何度となく聞かれたフレーズですが、一体化して扱うことで左端に位置づけよう、ということだったのでしょう。

 

衆院選麻生太郎氏が痛烈「あちらは立憲共産党」応援演説で野党共闘批判
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202110220001103.html

 

そして、維新は大躍進。もちろん関西地区では全国状況とは違いますが、選択した有権者が「新自由主義」を選んだ、というより、“真ん中を選んだ”“足して2で割った”つもりなのだと思います。政党の政策や実績、それらを勘案して検討したら、果たしてこのような結果が出たかどうか。何よりポジションを気にする日本社会らしい結果ともいえます。

 

維新と国民、第三極の存在感 立民、共産に「オールド野党」攻撃 立民は党再建急務
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/830118/

 

ただ、この傾向は日本社会特有とは云えないかもしれません。いまやその正体が明らかであるトランプ前大統領ですが、彼が躍進した2016年の大統領選時には、民主党でも共和党でもない*2“第三の候補”的扱いでした。そして、政権の座に就いてからはご存知の通り。
 偏らない、真ん中、を欲するのは世界共通かもしれません。皆、自分が真ん中、普通、バランスの取れた、存在だと思いこもうとするし、そうした人(と思われる人)を支持する。付和雷同意識の強い日本では顕著なだけかもしれないですね。

 中道を目指すのは悪いことではありません。でも、もしそうしたいのなら手間を惜しまず情報収集し学んで、“偏り”を判断できるだけの蓄積を得てからにしましょう。
 まあ、私はそんな能力も知識も無いので、事実を述べているかどうかとビジョンで判断しますが。では。

*1:そもそも、普通というのが私には判らない。何をどう「普通」と称するのか?そしてどうやって自分が「普通」であると判断するのか?

*2:トランプは共和党から出馬しているが主流派ではなかった

かみかわ陽子を落選させなくてはならないシンプルな理由 静岡1区の皆さまへ

昨日、衆議院議員選が公示となりました。コロナ禍での短期戦となりますが、あなたの命を左右する大事な選挙となるでしょう。
ここで静岡市民、静岡1区の有権者へ呼び掛けたいことがあります。

それは、現職のかみかわ陽子(上川陽子)を落選させてほしい、ということです。

 

自由民主党 衆議院議員 かみかわ陽子オフィシャルサイト
http://www.kamikawayoko.net/

 

上川陽子は、先日まで菅政権の法務大臣でした*1。そして、法務省管轄の入国管理局で起きたおぞましい人権侵害の数々に対して責任を負う立場でした。

特にスリランカ女性、ウィシュマ さんの死亡事件*2に対して極めて酷い態度でした。ウィシュマさんの事件は、支援者の積極的な活動があって、その一部が表に出てきましたが、全貌解明にはほど遠いものです。事件の詳細に関しては、以下のサイトをご覧ください。


名古屋入管死亡事件弁護団
名古屋入管で2021年3月6日に発生したスリランカ人女性の死亡事件の弁護団です
https://wishmalawyers.wordpress.com/


上川陽子の行動は、事件の全貌解明、入管の改善、職員の処分、遺族への対応、どれを取っても酷いものです。結局、何一つ積極的対応をすることなく、菅内閣の終焉と共に去りました。遺族が情報公開(収監時のビデオ等)を求めている最中にも関わらず、そして、世界中から厳しい目が日本の入管制度に注がれているにも関わらず、辞任時の法務省へ向けたコメントはこんなものでした。


令和3年10月1日 法務大臣 上川陽子 法務省職員向けメッセージ
http://www.kamikawayoko.net/archives/4606

 

○ 法務大臣上川陽子です。
皆さんも既に御承知のとおり、来週、新内閣が発足する見込みとなりました。
本日は、一つの節目として、私から皆さんに直接メッセージをお伝えする機会をいただくこととしました。

○ 私は、昨年(令和2年)9月に、図らずも3度目の法務大臣職を拝命し、再び皆さんと一緒に仕事をする機会を得ました。
  この1年間は、最初に法務大臣職を拝命した平成26年以来、7年間にわたる法務行政への関わりの集大成とする覚悟を持って、全力で職務に取り組んできました。

〔「法の支配」と「誰一人取り残さない」社会の実現の意義〕
○ 御存知のとおり、私は、過去2度の法務大臣在任時から一貫して、

●法の支配の貫徹された社会の実現
と、SDGs(持続可能な開発目標)に掲げられた

●「誰一人取り残さない」社会の実現
を大きな目標として掲げてきました。

○ 法務省の仕事は、国民一人一人が、生き生きと活躍する基盤としての安全・安心を、法の支配を貫徹することにより実現していくという重要な役割を担っています。

○ 法務行政に携わる職員の皆さん一人一人にも、それぞれの業務に取り組むに当たり、この揺るぎない大きな目標を、常に念頭に置き、共有していただきたいと考えてきました。

〔一筆書きキャラバン〕
○ 法務省では、約5万5000人の職員が、多様な地域の各官署・施設等で、様々な業務に従事しています。
 私は、以前の法務大臣在任時の経験からも、各地の法務行政の現場は、国民の生命・暮らし、さらには地域・国家の安全・安心を守る、いわば「砦」であると実感してきました。
  本省だけでなく、法務行政の最前線で働く職員の皆さんにもこうした考え方を共有していただき、オール法務省として、一つ一つの業務・課題に取り組んでいただきたい、そうした思いから、昨年来、田所副大臣、小野田政務官の助けを得て、各法務省官署・施設等の職員と率直に意見交換をする「一筆書きキャラバン」の取組を行ってきました。

○ この取組を通じて、私は、最前線で働く職員の皆さんが、様々な困難を抱える方々の「声なき声」を汲み上げ、しっかりと寄り添っていくという姿勢で一つ一つの業務に取り組んでいることを改めて実感し、感銘を受けました。

〔法務行政の取組〕
○ その上で、様々に変化し、移り変わる時代の中にあっては、法務行政の在り方についても、現場に身を置く職員の一人一人が、見直すべきところがないか、常に自らに問いかけ、イノベーションを生み出していかなければなりません。
  時には、組織・意識の大きな改革・変革が必要となることもあるでしょう。

○ 法務行政が国民の皆さまの御理解、御協力の上に成り立っていることを強く意識し、丁寧な広報・コミュニケーションに努めるとともに、

●関係機関、地域、民間の方々などのマルチステークホルダーと連携して多層的な取組を促進する視点
●将来を担う若者や子どもなど、施策の届け先となる様々な方々の立場に立った課題解決の視点
●中・長期的なビジョンを意識した政策立案の視点
●PDCAサイクルを回して不断の改善を図る視点

を忘れることなく、一つ一つの課題に取り組んでいくことが重要です。

〔結び〕
○ 法務省職員の皆さんには、何事にも真摯に向き合う誠実さが備わっています。
 これからも、その誠実さを失うことなく、常に時代の変化を見極め、また、幅広い視点を持ちつつ、約5万5000人の職員がワンチームとなって職務に精励されることで、一層の飛躍を遂げられると確信しています。
○ 結びに、この一年間、皆さまと共に仕事をし、皆様と共に結果を残してきたことを誇りに思い、改めて感謝を申し上げます。
 皆さん、ありがとう!
 そして、これからも共に前を向いて歩んでまいりましょう!

 

ウィシュマさんや入管収容施設の収容者のことには一言も触れていません。あまりの人権感覚の無さに驚愕します。おそらくは、ウィシュマさんを始めとする収監された「外国人」のことなどどうでもいいのでしょう。それを堂々と自身のHPに載せる感覚にも呆れます。

もし、こんな人権感覚の法務大臣経験者が、また当選するなら、それは静岡市有権者外国人差別者である、と示すことになるのです。

静岡市にも他地域と同じく、外国人労働者(留学生や技能実習生ら)が多く住んでいます。外国人の命を平気で奪い、そのことを気にすら掛けない選良とその支持者をどう見るかは明らかではないでしょうか。多様性だ、共生社会だ、というのであれば、せめて上川陽子を落選させるくらいはしないと、静岡市民は外国人差別者として世界から扱われることになるのです。

それとも、在留外国人がどう思おうが構いませんか?

ですが、静岡市では毎年大道芸ワールドカップが開催され、静岡市を象徴するイベントとなっています。*3
海外からも多くの大道芸人が参加しますし、大勢の外国人旅行客も訪れます。彼らも静岡を「差別者の住む地方都市」と見なすでしょう。到底望ましい状況にならないことは確実です。
しかし、上川陽子を落とせれば、静岡市民は外国人差別にノーという態度を示すことが出来るのです。

私は静岡市民ではありませんので、直接投票で意思を示すことはできません。このブログを読んでくれている人がどの程度いるか判りませんが、あなたが静岡1区の住民であるなら考えて行動してください。そして、静岡市民に知り合いがいたら、上川陽子には決して投票しないよう促してください。お願いたします。
では。

*1:安倍政権でも努めている

*2:これを「死亡」というのは躊躇いがある。実際には「殺人」事件といってよい。掲載サイト参考のこと

*3:昨年と今年はコロナ禍で中止

地には平和を

カッコに入る言葉を選択しなさい(初級編)

 

( A )年、( B )は( C )を懸念し、( D )へ干渉し傀儡政権を樹立した。これに反発した( D )国民は( E )等で抵抗した。この抵抗運動を抑え込むため各地域に戦闘部隊を派遣したが、村落住民殺害のような残虐行為が一層の住民反発を生み、( B )と傀儡政権の支配は点と線に留まり、国内の大半は抵抗勢力側が支配を強めることになった。さらに抵抗勢力は攻勢を強め、長期の干渉にも関わらず一向に状況は改善しないため、( B )は( F )によって撤退を決めた。その結果、( G )年、傀儡政権の首都( H )が陥落、国外退避を望む人々の混乱が拡がった。この後、新政権によって旧政権関係者の粛清が行われ、多くの人々が職や住まいを遂われたり、処刑されたりした。( B )の帰還兵も現地での経験によるPTSDに長く苦しむこととなった。

 

A:1.1937 2.1963 3.1978 4.1979 5.2001 
B:1.日本 2.アメリカ合衆国 3.ソビエト連邦 4.南アフリカ共和国 
C:1.抗日活動 2.共産化 3.イスラム勢力の増大 4.テロ組織の活動 5.反アパルトヘイト 
D:1.中国 2.ベトナム 3.アフガニスタン 4.ニカラグア 5.アンゴラ 
E:1.八路軍 2.ベトナム解放戦線 3.ムジャヒディン 4.ターリバーン 5.サンディニスタ民族解放戦線 6.アンゴラ解放戦線 
F:1.日本敗北 2.ニクソン大統領 3.ゴルバチョフ書記長 4.カーター大統領 5.トランプ大統領 6.経済制裁
G:1.1945 2.1975 3.1980 4.1989 5.2021
H:1.南京 2.サイゴン 3.マナグア 4.ルアンダ 5.カブール

 

だいぶザックリと記したので正確とは云いがたいですが、これらの紛争は大体こんな構造のものです。だから多少ニュアンスは違うにしても、この選択肢以外にはまる事例はたくさんあります。人は学ばないな、という話でした。
では。

 

 

 

 

 

人は”しょうがない”が三割

昨今、外出もままならず、宅飲みの酒量ばかりが増えておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

さて、私にとって割とナゾな話として、底堅い内閣支持率があります。前安倍政権時もそうですが、大体3割ほどの支持が続いている。

 

内閣支持率34%横ばい、コロナ対策「評価せず」64%
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA264PM0W1A820C2000000/

 

日本経済新聞社テレビ東京は27~29日に世論調査を実施した。菅義偉内閣の支持率は34%で7月の前回調査から横ばいだった。2020年9月の政権発足後の最低水準が続く。新型コロナウイルスの全国的な感染拡大が響いたとみられる。


どれほどヒドくグダグダな政策であっても、支持する人々。おそらく安倍-菅で一貫して支持している人々だと想像します。「三割の人々」ってどうして支持できるんだろうか?支持理由も含めて理解に苦しむ。何がゆえに支持できるのか判らないのですが、周囲でも支持するという人にあったことが無かったので、その心理状態が理解できませんでした。それが、知人との会話で手掛かりとなる(かもしれない)知見を得たのです。

その知人との会話では、大体皆そうだとは思うのですが、昨今のコロナ禍が話題にのぼりました。で、なかなか接種出来ないワクチンや、増える一方の感染者、閉店を迫られる飲食店などについて話し、オリパラに話が及びます。

 

シートン(以下、シ)「オリパラねぇ、こんな時に開催やめてほしいもんだね」
知人(以下、チ)「まあ、今さらやめられないでしょ」
シ「でも、これで感染者増えるのは必至だし」
チ「それもしょうがないんじゃない?」
シ「え、でも、感染者が増えると、医療リソースがヤバくなるから死者も増えるでしょ」
チ「増えるよね」
シ「いやいや、増えてもらっちゃ困るでしょ。せめて、検査と隔離施設を充実させるとか、ロックダウンしないと」
チ「そんなこと無理でしょ」
シ「無理って、他国もやっている方法じゃん」
チ「他の国は大ざっぱだから。日本は丁寧だから、あんな風にはできない」
シ「大ざっぱって、」
チ「それに検査はあてにならないっていうじゃない。間違うことが多いらしいよ」
シ「えー、そんなことはないでしょ。PCRの原理からいって*1
チ「PCRは判んないけど、そうらしいよ。それに、検査なんてそんなに増やせないでしょ」
シ「いや、中国なんか凄い数の検査こなしているけど」
チ「あの国は信用できないから。いくらでも嘘をつくでしょ」

 

愕然とします。どこから入れた情報に基づいているのか判りませんが、他国への蔑視を隠そうともしない。例としては中国だけでは無いのですが、私は先日中国企業とオンラインでやりとりしたところだったので、その時の経験を話しました。

 

シ「この間、やりとりした(中国)企業では誰もマスクしてなかったし、普通に生活している、って言ってたけど」
チ「だから、中国企業なんて、いくらでもごまかすでしょ。あてにはならないよ」
そして、こう続けました。
チ「政府は良くやっていると思うよ。これ以上、どうしようもないでしょ」

 

これ以上、会話をする気もなくなり、話を適当に打ち切りました。
この認識がどうやって生まれるのか判りませんが、しかし、彼の中では政府対応は“こんなもの”であるようでした。まだ、ワクチンも打てていない状況なのに。民間のPCR検査が高額なのを嘆いているのに。テレワークを増やせ、と云われてどうしたらいいのか頭がイタいとぼやいているのに。

現状が限界、と思うのなら、確かに政府の対応はこんなもの。満足とまではいかなくても不満というほどではない。他国の対応を知らなければ、ですが。そこに目をやらないのであれば、こう考えるのもいたし方ないでしょう。

彼が「三割の人々」であるかは判りません。しかし、「三割の人々」が他国を蔑視し、その対応を冷笑して自分の認識の範囲を狭め、現状を“こんなもの”“しょうがない”と受け入れる人々である可能性は高いと思います。

どんな怪談よりも怖く感じた体験でした。
では。

*1:私は物性/材料屋なので生化学に詳しくはないが、原理ぐらいは知っている

三体みたいかどうかは微妙だが

美少女JCお嬢様ですが三体みたいなSFを教えてほしいですわ(追記あり
https://anond.hatelabo.jp/20210817222242

 

虫けらと呼ばれて喜ぶオッサンから、こんなのはいかがか?

・夜の大海の中で グレゴリイ・ベンフォード 

銀河を舞台とする機械生命体と有機生命体の永遠とも思える抗争を描いたシリーズ第一作。三体(未読)のあらすじを見て、このシリーズを思い出した。


・サンダイバー デイヴィッド・ブリン

 銀河全域の知性種族の「知性化」(支配/従属)をめぐる一大シリーズの第一作。二作目の「スタータイド・ライジング」の方が世界観が判りやすいかも。


・造物主の掟 ジェイムズ P.ホーガン

みんな大好き「星を継ぐもの」の作者による傑作SF。 正直なところ、「星を継ぐもの」より面白いと思う。


コロナ疲れのおり、本を読み返すのもいいね。
では。