シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

捕鯨論再び

Yahoo!商業捕鯨についての投票があったので覗いてみた。
案の定の結果が出ている。

Yahoo!投票 あなたは商業捕鯨に賛成? 反対?
http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/quiz/quizresults.php?poll_id=120&wv=1&typeFlag=1

以前の拙稿
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20060516#1147771687
でも述べたが、商業捕鯨には問題が多すぎる。

先日、ミナミマグロの漁獲枠が減った事の反省が無いんだろうか。

ミナミマグロ>漁獲枠半減 日本過去の乱獲のツケを払う
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061017-00000117-mai-bus_all

高等哺乳類でないマグロでさえも絶滅寸前に追い込まれたのに懲りない話だ。

何度も繰り返すが、クジラは畜肉ほど美味しい食材ではない。無理矢理な販促を行わなければ需要が生まれない状況で、捕鯨を行わなければならない理由は特に無いのだ。
もし、好事家の趣味に留まるなら、南氷洋捕鯨を行うまでもない。彼等は高くても食べるのだから。
近海における伝統的沿岸捕鯨でもよいし、おそらくは年間に何頭か漂着するクジラを食べても良いだろう*1
クジラが漂着すると、どういうわけか「助けよう」として、クジラは死に、その後埋められるかされる。
漂着したらサッサと解体して食べてしまえばいいのに。
わざわざ、南氷洋まで出かける手間も無い。解体の鮮やかな技を見ることも出来る。これこそが、まさに日本の伝統なのだ*2
だが、自分の知る限り、漂着クジラを食べようという声は上がらないようだ。
にも関わらず、商業捕鯨に賛成する人が多いというのは、やはりクジラに興味があるというより、単に迫害されている自分たち、が意識出来るためなのだろう。
むなしい話である。


捕鯨問題に関する本が出版されている。


捕鯨問題の歴史社会学―近現代日本におけるクジラと人間

捕鯨問題の歴史社会学―近現代日本におけるクジラと人間


未読だが、レビューによれば、自分の捕鯨に対する印象は的外れではなかったようだ。

*1:鯨(くじら、クジラ)+漂着 で検索してみると、結構漂着していることがわかる。

*2:夷(恵比寿、蛭子ともいうが)大黒天と同一視される豊饒の神がいる。もともと浜に漂着する黒いものを意味するらしく、つまりクジラの漂着を意味するようだ