シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

「反日」と「愛国」

やっぱりこいつは"清への愛"だ。
"清への愛"が、おれに論争を挑んでいるのだ。

虚構市立不条理中学校(全) 清水義範 徳間文庫

教育基本法が改正された。タウンミーティングにおけるヤラセの発覚とか、審議内容の空白さとか、とにかく問題だらけではあるが、今後やばくなってくるのは「国による教育統制」と、その側面である「愛国心」であろう。文字通り教育の基本である、教育基本法に「愛国心」を明記することは、教育現場に重大な支障をもたらすことになる。


あまり、技術系、環境系以外のサイトを見て廻ることの無い自分ではあるが、「反日」を攻撃するサイトは至る処で見掛ける。大体、棒にもハシにも掛からない電波なルサンチマンを振りまいているだけなのだが、ページビューは多いようだ。類は友を呼ぶ、といったところか。彼らは「反日的行為」と「反日的存在」(と彼らが考える)を罵倒するわけだが、してみると彼らは「順日」か「親日」か「愛日」かは知らないが、そちらの側に立っている、との自負があるわけだ。その判断基準はどこにあるのだろう。


相対化して考えるために、アメリカを例に取り上げよう。マスコミでも「反米」という文字を見掛ける事が頻繁にある。ベネズエラチャベス大統領とか、キューバカストロ議長とかを示すのによく利用されている。だが、その「反米」の意味するところは、アメリカ合衆国全体を指すというよりは、その時点での政権を指すことが多いようだ。その意味では、自分も現在「反米」と云うことになる。ブッシュ政権イラク侵略にも反対だし、アメリカやその同盟国における市民の監視活動や非合法工作、二重規範の正当化、他国の単純な二分論などに対してまるで同意できない。だが、同時に中間選挙でブッシュと対峙した多くの草の根活動家達や、自由や他人の価値観を尊重し、多様性を尊び、新しいものにチャレンジする風土が好きだ。科学や文化、娯楽などにおける奥深さには驚嘆する。そういうアメリカも存在するのだ。そうした時に、自分は「反米」なのか、そうではないのか。どちらだろう。
アメリカだけではない。これは他国にも云えることだ。多くの人の集まりと風土を持つ、「国」に対して、単純な二分法など通用するはずもない。


日本の現政権に批判的であることが、「反日」などと呼ぶのは明らかにおかしな事だ。逆に考えてみる。日本で「反日攻撃サイト」の敵視する政党、例えば民主党の政権ができたとする。そうしたら、彼らは「反日」だろうか。そうではないだろう。主義主張や思想について、なんらかのレッテルを貼ることはあり得るだろうが、しかし、それは「反日」などと呼ばれるものではない。


愛国心」も同じである。裏返しの関係に過ぎない。
現政権やその主張を支持するのが「愛国心」などとは云えないだろう。そういう形を取らない「愛国心」も存在する。
だが、教育で「愛国心」を教える、ということになれば、何が「愛国心」であるか、基準を決めなくてはならなくなる。人それぞれが、自分なりの「愛国心」を持っているだろうに、それを一義的に政府が決定することになるのだ。教育で愛国心を教えるとはそういうことである。多様な「愛国心」を認めるならば、それは教育で教えるまでもない。


人の愛し方、「愛人心」などというものを、習ったりするだろうか。少なくとも、教育の場で、「これが人の愛し方」などという事を一元的に教える事があり得るか考えてみるといい。「愛する心」について、他人に基準を押しつけられたくなど無い。せいぜい、他人に迷惑をかけない事くらいが問題になるぐらいだろう。「国を愛する」も同じ事だ。
他人に「自分を愛せ。自分が決めた様に愛せ。愛した証を示せ」などと強要したら、それはストーカーだ。


いわば改正された教育基本法とは「国家によるストーカー行為」である。

「この命題が正しければ○を、間違っていれば×を( )の中に記入しなさい。」
  日本はよい国である。 ( )
この問題に対して、( )の中に○を書いたものを正解とし、×を書いた者は誤りとする。○を書くように指導していく。それが、国に管理された教育ということなのだ。現実にはどんな国でもそれに似たことが行われているんだとあんたは言う。いいだろう、それが現実だということは認めよう。ただし、それを正当なこととして認めるのではない。まだ人間にはそういう愚かさがある、ということを認めるのだ。そして、教育者というのは、その愚かさの奴隷であってはならない。

 虚構市立不条理中学校(全) 清水義範 徳間文庫


虚構市立不条理中学校〈全〉 (徳間文庫)

虚構市立不条理中学校〈全〉 (徳間文庫)


追記:引用した本は、10年以上前に書かれた、管理教育をデフォルメした清水義範の傑作だ。まさか、その内容が現実のものになるとは思わなかった。