シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

日本電産社長を弁護する

このタイトルはアオリです。
結構、叩かれてます。永守重信社長。まぁ、当然ですが。


「休みたいならやめればいい」急成長の日本電産社長
http://www.asahi.com/business/update/0423/OSK200804230044.html


まるでマリーアントワネット。「休みが無ければ、やめればいいじゃない。」
面白かったのが「朝日(新聞)がソースだから」とかはてブコメントに書いていた連中。
お前ら、脊髄反応するの止めろって。バカすぎる。


でも、この社長の云う事を頭っから否定出来るか?


この社長の言いぐさ、程度の差こそあれ、日本の産業ってのは同じ様な方法で利益上げてきている。例えば、トヨタ自動車。何で販売台数を増やしてきたか。簡単に云えば、「コストを切り詰めたから」。トヨタの車は品質が評価されている、というけど、結局のところ品質とコストには相関があり、手を掛ければ品質は上がるが、コストも上がる。それをトヨタは他のアメリカ自動車会社が達し得ないコストで品質を実現した。つまり、結局はコスト圧縮がキーになっている。
で、そのコスト削減の秘訣は何か、といえば主として3つ。
1.タクトを極限まで上げる
2.残業時間分を払わない
3.下請けにコストを押しつける

1について云えば簡単だ。同じ車1台を作るのに2分で行っているのに対して、1分で作る事が出来れば、人件費は半分になる。生産に携わる工員の人件費は、時間単位で計算されるからだ。
理想で云えば、車1台に1秒も掛けたくないだろう。短ければ短いほど良い。だが、作業する工員は堪ったモンじゃない。ついていけなくなればクビにされるだけだ。


2については、例えばQC活動などが挙げられる。QC活動は、作業員の“自主的な”活動として、作業活動としては扱われなかった。もちろん、参加はほぼ強制だ。これも断ればクビになる。同じように“自主的”に僅かな早出、残業、を組み合わせる。これも時給に勘案されないから、コスト削減になる。

トヨタ自動車の堤工場(愛知県豊田市)に勤めていた内野健一さん(当時30)が02年に急死したのは過重な労働が原因で、労災を認めず、療養補償給付金、遺族補償年金などを不支給とした処分は違法だとして、妻の博子さん(37)=同県安城市=が、豊田労働基準監督署長を相手取り、処分取り消しを求めた訴訟の判決が30日、名古屋地裁であった。多見谷寿郎裁判長は、死亡は業務に起因すると認め、不支給処分を取り消した。

多見谷裁判長は、死亡直前1カ月について、会社側が業務外とする活動の一部も業務と認め、健一さんの時間外労働時間を106時間45分と認定。「忙しくて家に帰れなかった」と述べた。

判決によると、健一さんは89年4月に入社し、同工場の車体部に所属。00年1月に班長に相当するEXに昇格し、01年4月から同部品質物流課で勤務した。02年2月9日午前4時20分ごろ、残業中に工場で不整脈で倒れて死亡した。

博子さんは02年3月、健一さんの死亡は過労が原因だとして同労基署長に遺族補償年金などを申請したが、同署長は03年12月、労災を認めず不支給処分とした。05年4月に再審査を請求したが、処分は覆らなかった。

博子さん側は、同社が業務と認めないEX会役員などの「インフォーマル活動」などを含めると、健一さんが倒れる直前1カ月の時間外労働は155時間25分にのぼったと主張。無駄を徹底的に省く「トヨタ生産方式」により、ストレスの強い過重な労働を強いられたと訴えた。

一方、労基署長側は、倒れる直前1カ月の時間外労働を52時間50分とし「死亡は業務による心身の負荷が有力な原因とはいえない」としていた。  2007年11月30日(朝日新聞

飯嶋洋治フリーライターの現場から
http://d.hatena.ne.jp/yoiijima/20071201


3については、あちこちでムリムリなコスト削減を要求される下請け、孫請け、の話を聞くが、彼らもコスト転嫁をさらなる下請けか、自社で1や2の手法によって現場に押しつける。


1〜3のいずれもが“違法”である。そりゃ利益も出るだろう。ルール破りを行っているのだから。さらに派遣労働者や請負、外国人労働者、研修生を利用すれば、もっと人件費は“圧縮”出来る。
トヨタのコスト削減を“乾いた雑巾をさらに絞る”というが、絞られているのは労働者自身。まさに「神州纐纈城」。血を搾り取られて“乾いた人間をさらに絞り”、染め上げられたのがトヨタのロゴだ。


実際のところ、戦後日本の産業は定常的に労働法制を無視し続ける事で利益を拡大してきた。それでも文句が出なかったのは、戦後の日本は文句が言えるほどに豊かでは無かったし、まずはルール破りに目をつぶっても稼ぐ事が大事だったと考えられたからだ。それに日本の経済規模がルール破りを咎めるほどで無かった事もある。
しかし、日本の経済発展が続き、ドルの切り下げ(円の切り上げ)を招くほどになると、日本の“働き過ぎ”は問題になってきた。諸外国、とりわけ最大の輸出相手、アメリカからは辛辣な批判がなされたが、日本の産業界は「勤勉」「国民性」といった言葉で誤魔化した。実際の問題は、他国より労働条件を落とす事でコスト削減することがフェア(リーガル)か、という事だったのだが。
自分と同年代以上なら、労働時間短縮、がしきりに叫ばれ、長期休暇取得が目標とされた事を覚えているだろう。それも言い訳程度でしかなかった事が問題だった。
結局のところ、経済規模が世界2位となった時代でさえも、適切な労働条件を実現しない、という事は適切な利潤を分配しない、事で国内需要の喚起に失敗した。
他国は、といえば、日本に倣って、というべきか、労働条件の引き下げ、に走り*1バブル崩壊後はご存じの通り。他の先進国が労働条件を下げ、開発途上国が日本に倣うと、日本産業の強みは無くなった。適切なコストを上乗せしても利益の出る経営を目指す代わりに、法ギリギリの労働条件をさらに引き下げる、つまりハッキリと違法状態の労働条件となったのだ。しかたがない、とはいえない。なぜなら、この違法状態を活用して利益を上げてきた企業経営者*2は、しかし、その状態を誇ったりはしてはいなかったのだから。むしろ、その事実を隠蔽し、利益拡大の理由を他に求めていた。隠すほどの後ろめたさをどうしたら正当化できるだろう。
そうして考えれば、日本電産社長は“正直すぎた”と云えるかもしれない。正直さが誉められるわけじゃないのだが。


いい加減、適正な労働条件と賃金水準を実現できない無能な経営者を庇うのはやめにすべきだ。ルール破りをしなければ利益を上げられないようなら、辞めてもらって結構。今までルール破りをすることで優位な立場に立ち、不当な利益を得てきた事を自覚すべきだ。
世界的に適正な労働条件と賃金水準、再分配のルールを実現する。その方が結局のところ、日本の、世界中の“大部分の”人の利益になる、と理解した方が良い。

関連:

ワーキング・プアは日本だけじゃない
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20071218/1197967226


ワーキング・プアは、労働現場だけじゃない
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20071218/1197967226


企業の社会的責任について
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20061110/1163146603

神州纐纈城 (河出文庫)

神州纐纈城 (河出文庫)

*1:イギリスのサッチャーアメリカのレーガン

*2:キヤノンの御手洗氏、など