シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

自滅する地方 静岡編 その2

このエントリーは
自滅する地方 静岡編 その1
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20100211/1265863178
の続きです。


前回は、未だに賑わいを辛うじて保っている静岡市中心街と、そのスポイル状況を記してみました。今回は郊外化に晒される地域について述べてみましょう。


写真は以前、道路拡張によって潰される地域、と述べた丸子の旧東海道です。


自滅する地方 〜自滅する静岡、つぶされる丁字屋〜
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20080313/1205397930


このへんは拡張されてはいません。しかし、交通量は増え、近隣住民を含め人が自由に行き来出来る状況では無くなりました。


そして、立ち退きも相次いでいます。道路拡張、区画整理事業が進むと地価が上がるため、土地に愛着の無い人々には恩恵ですが、住み続けたい人にはマイナスなんですね。


旧街道はもともとその幅は車に適した幅ではありませんし樹木も張り出しています。それが魅力ではあるのですが。


拡張されると、このような光景に変わってしまうわけです。右手はセブン・イレブン。歴史ある町並みはどこにでもあるロードサイドになってきているわけです。



では、拡がった道が市当局が云うように地域の発展に役立つのか、と云えば、個人商店は立ち退き料により新築しますけど、巧くいっているとは言い難い。拡張された道路に併せ整然と区画整理が行われると、人は車で行くことが出来て駐車場の広いロードサイドショップやビッグボックスリテールを選好するようになります。
市当局に
「道を拡げて新築すれば商店街が活性化しますよ」
と吹き込まれて真に受けた商店主こそ気の毒です。



写真はJR「安倍川駅」。静岡市街へ通勤する人々が住む郊外で、写真の通り駐輪場がありますが駅前商店街のようなものは出来ませんでした。駅が出来た時代、静岡市の郊外化が進んだ時期であり、この周辺の道路には多数のロードショップが出来た事が影響しています。それ以上に問題なのは、道路拡張や新設に伴い、自動車通勤が増えた事。誘発交通といいますが、渋滞緩和のための道路整備がさらなる自動車使用を呼び込み、公共交通の不採算化を招くのです。


商店も何店か駅前に出店しましたが、続きようがありませんでした。
なにせ、近くを走る国道150号線脇は静岡でも有数の「ファスト風土」ですから。


ミニストップ」に「サイゼリア」「ロッテリア」「ハックドラッグ」「らあめん花月」、etc。
安倍川の東側でも道路建設は進んでいます。


写真は静岡市駿河区西島の国道150号線。現在は新設された道を左手に折れて接続されていますが、現在、その先を新設中。


もちろん、新設には多数の立ち退きが必要です。それも着実に実施されています。多額の「道路特定財源」を用いて。もともと、このへんは典型的な田園風景だったのですが、河川改修と区画整理事業によって郊外地へと姿を変えているのです。


ですから、もともとの道幅は写真のような狭い、車があまり走らないような道が多かったのですが、「利便性向上」のため、どんどん拡幅されているわけです。


広くなった国道150号線とその周辺。未だに区画整理は進んでいます。


写真は、静岡市の名誉市民、エミリー・マーガレッタ・マッケンジー夫人が寄贈した、国の登録文化財「旧マッケンジー邸」です。昔は松風芳しい風光明媚な場所であったのですが、近くをバイパスを通して松の防風林を切り開くという暴挙によって、周囲のロードショップと浮いた光景となってしまいました。
静岡市政は景観保存を根本的に理解していないのです。



続いては区画整理事業の進行中の地区です。



写真は、国道150号線をさらに東進した先、大谷地区です。この先は久能海岸。石垣いちごで有名な地域です。しかし、この田園風景も区画整理事業によって損なわれつつあります。


古い道を潰し





農地を分譲地に変える。




整地と道路建設は一対である事がよくわかります。




その周辺はまだこうした風景を残しています。失われる風景がどういったものなのか。少し考えてみてください。
古い大谷地区の様子は静岡大学近郊に若干残っています。





狭くくねった道、緑濃き村落、鎮守の森、これらがノッペリとした住宅地に姿を変えるわけです。
この問題点は単なるノスタルジアの問題ではありません。現在では東京を除いては人口増加は見込めません。つまり、郊外開発を行えば、その住民はどこからか移動してくることになる。主として中心市街からの人口流出が起こるわけです。さらに、拡大した市域のインフラ整備・維持費の増加、中心市街の商業機会損失と固定資産税減少などを勘案すれば、郊外開発を行うほど自治体財政は厳しくなるのです。静岡市(に限りませんが)の郊外開発はどう考えても高度成長期に立案されたものです。イケイケドンドンの頃の計画を未だに愚直に推し進める。それが素晴らしい、「市の成長」に欠かせないもの、と捉えるのはいかがなものでしょうか。
次回はもう少し、郊外化の例を取り上げていきます。