新自由主義という醒めない悪夢
ども。我が家はいつでも緊縮財政。「小さな家計」シートンです。
臨時国会も始まり、参院選で伸長著しい「みんなの党」が注目を浴びているようです。まぁ、選挙前から異様なほどのマスコミのコミットが目立ちましたが。
あいかわらずの「小さな政府」「官から民へ*1」「民間で出来ることは民間で」「市場に任せるのが最善」という“小泉政権”を彷彿とさせる言葉を見掛けます。
どうにも訳判りません。金融危機がなぜ誘発されたのか、について、上記のフレーズを支持する人々は ノビーをはじめとして どう考えているんでしょう。新自由主義の、そして市場放任の当然の成り行きとしか思えないのですが。
併せて財政についても「歳出削減を」「法人税減税し、消費税増税しろ」という声はマスメディアにおいて見掛けますけれど、それが本当に行われたらどうなるのか。だいぶ甘い想像をしているんじゃないでしょうか。というのも、それが実際に行われた直近のケースがあるからです。
アイルランド耐乏2年 出口見えぬ緊縮財政
http://www.asahi.com/business/topics/economy/TKY201007240525.html
人口445万人の欧州の小国アイルランドが、緊縮財政に入って2年近くになる。金融危機の傷がとりわけひどかったが、ほかの国と違って景気刺激策にはほとんど手を出さず、一時は「財政再建の優等生」とされた。しかし、財政赤字は思うようには減らない。それは財政再建に走り出した各国の未来図なのか。
トランペットやドラムを鳴らしながらのにぎやかなデモ行進になった。知的障害者やその家族ら3千人が7日、アイルランドの首都ダブリンの街を歩き、福祉予算の削減に抗議した。客待ちのタクシー運転手も、クラクションをならして応援した。
アイルランドの緊縮財政は、障害者施設にまで及んでいる。デモに参加したケビン・オブライアンさん(74)と妻のアンさん(68)の場合、知的障害を持つ娘のシリーンさん(40)が入居する施設が人員削減に見舞われた。
「夜は看護師が1人しかいなくなった。ある入居者にかかりきりになっているときに、他の人に何かあったらどうするのか」とアンさんは心配する。
金融危機の直後、多くの国は借金してでも景気を刺激しようとしたが、アイルランドは違った。銀行救済で財政が悪化し、国債価格が下がった。それを立て直そうと、2009年は国内総生産(GDP)の5%にあたる80億ユーロ分の歳出削減や増税を実施。10年も40億ユーロを絞り出す。
不況は深くなった。09年のGDP成長率はマイナス7.1%にまで落ち込んだ。09年のインフレ率はマイナス4.5%となり、不況と物価下落が一緒に来るデフレになった。現在の失業率は13%にのぼっている。
ダブリン郊外に2年半ほど前に完成したビル群「エルム・パーク」。オフィス街としてにぎわうという期待は外れた。ただ一つ入居した保険会社のほかは、閉ざされた入り口や使われていないエレベーターばかりが目立つ。併設された住居棟も買い手がつかず「ほとんど空き家」(入居者)だ。
中小企業の倒産も止まらない。アイルランド中小企業連盟のマーク・フィールディング代表は「毎日、中小企業が4社つぶれている計算だ。今年前半だけで、昨年1年の倒産件数に並んだ」と言う。
緊縮財政は当初、国民の理解を得ているように見えた。大規模なデモやストも起きなかった。しかし、ここにきて風向きが変わってきた。
6月の地元紙アイリッシュ・タイムズの世論調査では、政府のやり方を批判してきた野党・労働党が、100年の党の歴史で初めて支持率で首位に立った。
エイモン・ギルモア党首は、歳出の削減は必要だとしながらも困った人への対策が足りないという。「問題は金融や財政だけではない。雇用だ。我々は、それを訴えてきた唯一の政党だ」
目指していた財政再建は道なかばだ。経済全体が縮んだため、国内総生産に対する財政赤字は簡単には小さくならない。
ダブリンのシンクタンク経済社会研究所(ESRI)の見通しでは財政赤字は11年もGDP比で10%台。政府は2014年には欧州連合の基準である3%以下にする方針だが、ESRIのアラン・バレット氏は「厳しい挑戦だ。達成するには、2012年に成長率が4%程度に戻り、その後も伸びることが必要だ」と言う。
ここにきて希望も出てきた。薬品などの輸出の伸びに引っ張られ、1〜3月のGDPが金融危機後初めてプラスに転じた。
ユーロ安に助けられたのが大きいが、好況期に上昇した賃金が下がり、国際競争力がついたこともあると、アイルランド経営・雇用者連盟のブレンダン・バトラー氏は言う。「民間企業の給料も、燃料や地代といったコストも下がった。景気がよくなり貿易が増えてくれば、アイルランドの企業はその波に乗れる」
■各国の対応 識者ら論争
先進各国は緊縮財政に乗り出すべきかどうか。税収減と景気対策で財政赤字がかさむなか、政治家や識者による論争が起きている。
緊縮反対の代表格、米プリンストン大のポール・クルーグマン教授は7月初め、米紙でアイルランドを引き合いに出して論じた。「過酷な歳出削減を進めたが、ごほうびは恐慌に近い不況だ。緊縮財政が必要だと言われたら、よく吟味しよう。根拠がないのはほぼ間違いない」
一方で、あまりに大きい国の借金を放置すれば、70年代のようなインフレに見舞われるという意見も強い。危ないと思われた国から一瞬にしてお金が逃げ出すことも、ギリシャ財政危機で見せつけられた。
緊縮財政をしながら立ち直るには、輸出に頼るのが常道だ。日本も01〜06年の小泉政権のもとで歳出削減を進めたときには、成長する中国に鉄や機械などを売ってしのいだ。アイルランドの輸出増も、歴史的に結びつきの強い米国やおとなりの英国の景気が持ち直すなかで起きた。多くの国がいっせいに緊縮に走ったらどうなるか、歴史的な経験はあまりない。
ダブリンにあるトリニティ大学のフィリップ・レーン教授は「アイルランドには緊縮財政以外の選択肢はなかった。しかし、米国やドイツ、それに日本は、非常に低い金利でお金を借りられる。一つの政策をすべてにあてはめるべきではない」と語る。(有田哲文)
アイルランドは有り体に言えば、“緊縮財政を取ったら経済が悪化した”のです。おそらくは日本も同じ事になるでしょう。特に消費税を上げる、なんてのは致命的です。
しかしですね。私が一番驚いたのは、この記事に対する関心の薄さ、です。現在までのはてなブックマークの数、実に二つ。普段、やたら経済・財政問題に熱い方々がスルーしているのにはビックリです。まぁ、認めたくないのは判りますけどね。相変わらず「記憶の自殺」が好きなようです。
でも、こうした成り行きを正確に予測していた人々もいました。経済評論家の内橋克人氏は著作「悪夢のサイクル―ネオリベラリズム循環」において、「小さな政府」新自由主義的アプローチをとった国が陥る状況を正確に言い当てています。成り行きを説明した図における中間地点、そこにアイルランドは差し掛かっているのです。
ネオリベラリズム循環図
内橋氏が正確に言い当てているのはそればかりではありません。
「規制緩和という悪夢」の中で、今日の日本の状況を正確に言い当てています。
「日本の規制緩和運動は、いわば、大変危険な劇薬を患者に副作用を全く知らせず投与しようとしているのと同じである。
医療の場合であれば、それでも、作用も副作用も一人の患者に限って現れるだろう。一人の患者がプラスとマイナスの効果を得ることが出来る。しかし、規制緩和の場合問題なのは、プラスの効果が働く場所とマイナスの副作用が現れる場所が違うということである。つまり、権力の決定機構に近い投資家、大手企業グループ(そこに働いている個人ではなく、法人)、都市生活者といった集団は当面プラスの作用をうける。しかし、日本の中流層をなしていたサラリーマンを含む勤労者、中小企業、地方生活者、年金生活者といった集団は激流の中に放り出され、多くの人々が辛酸を嘗めることになるだろう。現在までのところ、日本の規制緩和運動という治療法は、プラスの作用が働くと思われる人々の手によって一方的に決められている」
「もし、あなたが日本で規制緩和しようと言うのなら、こう理解しておけばいい。要するに規制緩和とは、ほんの一握りの非情でしかも貪欲な人間に、とてつもなく金持ちになる素晴らしい機会を与えることなのだと。一般の労働者にとっては、生活の安定、仕事の安定、こういったものをすべて窓の外に投げ捨ててしまうことなのだと」
(アメリカのおける航空自由法制定に関わったポール・デンプシーの言葉)
いっておけば、この本が書かれたのは1995年。それ以前から「規制緩和」の問題点を丹念に取材した結果としての「未来図」。それはその後の日本の成り行きを見通していたわけです。「規制緩和」によるバラ色の未来を語ってくれた方々に比べたらよほど信頼がおけると思いませんか?
ちなみに、ここで「規制緩和」の理論的支柱として政府方針を主導したとして名指しされているのが、中谷巌氏、です。楽観的な新自由主義の未来を保証した彼の方が、現在何と主張しているのか、それを見れば、私が新自由主義はくだらないものだ、と見なすのも当然でありましょう。
内橋氏は、「規制緩和」「市場至上主義」「小さな政府」の先行例としてのアメリカを丹念に取材する事で上記の予測を行っています。さらなる先行例としてチリがあります。チリはピノチェト将軍によるクーデター*2後、「新自由主義政策の実験地」となりました。その結果は「チリの奇跡」として喧伝され、新自由主義正当化の口実として利用されました。しかし、それはニセの奇跡でした。実際には、新自由主義は失業者を増やし、貧富格差を生み、経済活動を沈滞化させました。独裁者ピノチェトも業を煮やし、新自由主義政策スタッフ、通称「シカゴボーイズ」を追放。アジェンデ政権時の政策を渋々と実施することで経済を回復させます。民政移行後はさらにケインズ政策的アプローチが為され、経済は回復。これが「チリの奇跡」と呼ばれたのです。チリの経済の回復を支えたのは、実は国営の銅鉱山。そして、アジェンデ政権で行われた土地改革で増加した自営農の存在でした。
他のラテンアメリカ諸国でも新自由主義政策の嵐が吹き荒れます。アルゼンチンは典型例でしょう。現在、ラテンアメリカ諸国は比較的安定的に経済的成長を遂げていますが、コロンビアを除けばオーソドックスなケインズ政策を行っています。ボリビアでは先住民出身のモラレス政権発足後、鉱山等が外資から接収され国営化されました。日本のマスコミは、こぞって非難していましたが、その後のボリビアの好況についてはネグっています。それどころか、ボリビアでは今年に入って電力会社等の国営化まで進めています。映画「ブルーゴールド」で語られた飲み水まで企業に牛耳られる社会に対してボリビアの人々はノーを突き付けたのです。
一方で、外資導入に積極的だった国であるアイルランドは、その外資の動きゆえに不況下でも積極的財政をうつことが出来ない。通貨にユーロを用いる以上、インフレにも出来ず、為替レートも切り下げられない。かつてのアイルランド飢饉のような状況下にあります。唯一マシなところがあるとすれば、食べる事には困らない、事でしょうか。
新自由主義とはこういうものです。信者がいくら喧伝しても事実からは逃れようがありません。新自由主義は、貧富の格差を生むため、結局経済の規模を縮小させます。チリ、アルゼンチン、などラテンアメリカ諸国、オーストラリア、ニュージーランド、タイ、ロシア、etc。新自由主義的アプローチを試みて、結局修正に踏み切った国は枚挙がありません。アフリカ諸国でも多国籍企業に牛耳られようとする事態を脱しようとしている事が報じられました。
NHKスペシャル アフリカンドリーム 第2回 台地の力を我らに 〜資源回廊の挑戦〜
http://www.nhk.or.jp/special/onair/100502.html
新自由主義はごく一握りの人々には恩恵となる、しかし大半の人々にとっては恩恵どころか苦境を招くことになる。日本においても「ワーキングプア」問題に見るように苦境しかもたらしませんでした。
ノビーや竹中平蔵などは、「規制緩和」が足りないせいだ。もっと進めれば事態は良くなる、と説き続けています。解雇規制を含めた労働法制問題もそうですね。
しかし、1980年代から現在に至るまで日本は常に「規制緩和」「小さな政府*3」を進めてきています。その結果というのが現在の状況なのです。そして、それは新自由主義的アプローチを取った国々の必然的結果であることを内橋氏らは明らかにしたのです。ですから新自由主義を信奉する人々が多く、そしてそれを標榜する政党が伸張する、というのは、「肉屋を支持するブタ」という以上に適当な言葉は思いつきません。みんな、自分だけは他人と違って(新自由主義の下で)やっていける、と思っているんでしょうか。
私は新自由主義は瀉血(しゃけつ)に似ている、と考えます。瀉血はご存じでしょうか?
中世ヨーロッパなどで行われた治療法の一種です。
病気のような体調悪化は悪い汚れた血のせいだ、悪い汚れた血を抜けば体調は良くなる、という理論に基づいて行われたのです。昔の瀉血の絵図を見れば判りますが、結構な量の血を抜きます。ですから、もともと体調の悪い患者はさらに体調が悪化することが珍しくなかった。今考えれば当然ですね。ですが、当時の医師 瀉血の有効性を信じている人々 は「まだまだ瀉血が充分でなく、悪い血が残っているせいだ」としてさらに瀉血を続けようとした。結果、死に至る患者は少なくなかったそうです。そうなった場合、医師は何と云うか。「患者は瀉血が間に合わないほど悪い血によって冒されていたのだ」これは無敵です。ただ、効果が無いことを除けば。
規制緩和をすれば良くなる。民間で出来ることは民間にすれば良くなる。無駄を減らし、政府を小さくすれば良くなる。エトセトラエトセトラ。
しかし、20年以上もその政策を続けてきて、そしてひたすら悪くなっているのです。結果は明らかです。
新自由主義には呪文以上の効能はありません。他国の例を見ても、日本の経過を見ても、その事実を受け止めないのは致命的だとは思いませんか?
そういえば、ノビーは内橋克人氏に対しても暴言を吐いていました。
大空位時代の「すきま左翼」
http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/Uchihashi.html
6人の対談相手のうち、この「反書評」で取り上げた「新岩波文化人」が3人を占める。メンバーが固定しているのは、産経新聞の「正論」といい勝負だ。岩波書店の古色蒼然たる「進歩主義」の支持層がそれだけ薄くなっているということだろう。世代的には、産経よりも少し下の団塊の世代あたりだろうか。「経済学は葬式ごとに進歩する」というサミュエルソンの名言を思い起こさせる。
著者も、NHKのおかげでメジャー文化人になった一人だろう。もとは「匠のなんとか」といった企業ルポを書くフリーライターにすぎなかったが、「左翼」陣営の人材が涸渇して、経済番組で使える学者がいなくなったので、「近経」のきらいな(というか理解できない)担当者がよく使うようになった。いわば左翼の「大空位時代」に、そのすきまをぬってB級のルポライターがのし上がってきたわけだ。
ところがマスコミでちやほやされるうちに、本人も自分を「学者」と勘違いし、特に近経を(知らないくせに)敵視するようになった。ある番組で東大経済学部のI教授を出演者に決めたら、「あんな保守反動と同席するなら出演拒否する」といってきた。そういえばこっちが引き下がると思っていたのだろうが、いいチャンスだから内橋氏のほうに降りてもらった。
出演者としても、注文が多くて態度が尊大なわりには、話が平凡で暗いので、最近はあまり使わなくなったようだ。もう左翼の空白を埋める必要もなくなったのだろう。同じ「B級左翼」なら、佐高信氏のほうが(いい加減だが)ずっと謙虚で、好感が持てる。彼は、自分が「芸人」であることを自覚しているからだ。内橋氏のように、自分は知識人だと思い込んだ芸人ほど始末の悪いものはない。
今見返すと、どちらが未来を見通す目を持っていたか、が一目瞭然ですね。さて、あなたはどうお考えになります?
では。
参考:内橋克人『悪夢のサイクル ネオリベラリズム循環』heuristic ways
http://d.hatena.ne.jp/matsuiism/20070105
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