シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

男をルドヴィコ療法に掛けるのは当然

えー、なんかやたらアクセス数が増えたなぁ、と思ったら前回エントリーがBlogosに転載されていたみたいですな。経緯やブコメなども判らないのに該当エントリー読めば、訳判らん反応があるのも当然ですが、blogos編集部ももう少し考えてくれ。^^;;


で、ちょっと経緯に関してまとめながら述べる事に致しましょう。


発端は、毎度お馴染み「下野なう」の産経新聞が政界幇間曾野綾子女史のコラムを掲載したことに始まります。

産経新聞 オピニオン 「用心するということ」

曽野綾子の透明な歳月の光

  外出時間やスカート丈・・・結果に責任

 警察が、夜11時以降の公園の立ち入りを禁止するという条例を作ろうとしたら、それは「憲法に違反する」と若者からの突き上げがあった、という。

 警察は「憲法に違反しません」と言う。警察がこういう防止策を講じようとしたのは、もちろん最近残酷な犯罪が起きているからだろう。

 もちろん決定的に悪いのは犯人だが、被害者の遺族の気持ちを考慮せずに言えば、最近の日本人は、用心するということをしない。大学生がアルバイト先から、暗くて自分でも気味が悪いと思うような夜道を歩いて帰る、ということが本来は常識外なのである。

 アラブの保守的な国なら、娘たちは、毎朝父か兄かに送り迎えをされて登校する。1人で外出したり、外国へ旅行したりすることは、考えられない。欧米の国でも夜道を1人で女性が歩いたりすることは非常識な行動だと、なぜ日本では教えないのだろう。

 今でも忘れられないのは、いわゆる「基地の町」の駐車場で、夜半過ぎに1人で歩いていた女性が米兵に襲われて殺された事件である。

 もちろん襲った米兵が悪いのだが、午前1時過ぎに基地の近くを1人で出歩く女性は、性的商売をしていると思われても仕方がない。それは日本以外のほとんどどこの国でも示される反応だ。

 基本的な行動の自由と、自衛の手段を講ずることとは、全く別の次元である。というか、行動の自由を口にするなら、十分すぎるほどの用心や、世界的常識を学ぶことができなくてはならない。

 ヨーロッパ在住の日本人が驚いているのは、日本の女子校が、どうして制服にあんな短いスカート丈を許すのか、ということである。あれでは男たちに手を出してください、といわんばかりですね、と彼らは言う。

 先日パリのデパートをのぞいたら、果たして最新ファッションが並んでいた。しかし町行く人たちは、保守的で質素な服装ばかりで、私はすこしがっかりしたのだが、

 「午前中から最新ファッションの人なんかで歩きません。そういう人は夜遅くです」

 「ほんとうに最新流行を着こなすお金持ち階級は、車に乗って移動するんです」

という2つの返事で納得させられたのである。

 太ももの線丸出しの服を着て性犯罪に遭ったと言うのは、女性の側にも責任がある、と言うべきだろう。なぜならその服装は、結果を期待しているからだ。性犯罪は、男性の暴力によるものが断然多いが、「男女同責任だ」と言えるケースがあると認めるのも、ほんとうの男女同権だ。

 親の庇護の下、学校の責任下にある間は、両者とも外出時間やスカートの長さに口を出し、常識を教えて当然だ。それが嫌なら、経済的に自立した上で、どんな結果も覚悟のうえでしなさい、と私なら言いそうである。
(あなたは悪くない別館 より引用)


これを読んで少なからぬ人々が憤慨しました。なぜなら、この「女性は自衛(服装を慎め、外出を慎め)しろ」とは典型的な「セカンドレイプ」の論法だったからです。従って、フランチェス子さんや多角形多面体さんが、このコラムを批判するエントリーを上げたわけです。


・強姦するのが男の性なら去勢するのが自己責任でしょ(フランチェス子の日記)

http://d.hatena.ne.jp/Francesco3/20091129/1259458069


・性犯罪を容認する発言を許す産経新聞へ抗議しました(「あなたは悪くない」別館)

http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091129


「自衛しろ」という、性犯罪被害者の側に責任の一端があったかのような言葉に対する彼女たちの反論が出ると、それにお決まりの曾野綾子擁護の言葉が登場します。
つまり、「(女性が)短いスカートを履いたり、深夜に人気の無いところにいれば、男はムラムラするから、襲われて当然。襲われたくなかったら(自衛法として)服装を慎みや外出制限するのが当然」という意見です。
これ、結構凄い主張です。女性の服装によっては興奮することが無いとは云えません。ですが、興奮することと襲うことには随分と大きな開きがあります。ただちに矢印で結べるような話ではありません。興奮したのなら、女性のところに行って

「やらないか?」

と云ったって良いわけです。たぶん、ぶち殴られるとは思いますけど。そうではなく、興奮したなら女性の同意も無しに襲う、という選択ができる、というのはどういう事なのか?自衛を説く人は、「そういう強姦魔が現実にいるのだから」といいます。相手の同意も得ようとせずに、襲うような輩はどう見ても人間の道理が通じないわけですから、「ケモノ」としか言いようが無いわけです。つまり、まず曾野綾子とその同調者が「ケモノ」を生み出したわけです。
これに対してフランチェス子さんらは、「じゃあ、ケモノならば排除するのが筋でしょ」と主張します。当然ですよね。それを丁寧に述べたのが、hokusyuさんのエントリだったわけです。


「男はケモノ」が「女性の自衛」と結びついていること自体が差別
http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20091203/p1

 「強姦するのが男の性なら去勢するのが自己責任」は、単なる極論に極論をぶつけているわけではありません。「強姦するのが男の性」いわゆる「男はケモノ」という前提を、「だから」女性は自衛しなければならない、という結論に接続させること自体が女性蔑視的である、ということを暴露しているのです。


乱暴にいうと、私の前回、前々回エントリになります。こうした意見に対して「そうはいっても、“現実的に”は自衛(行動制約)するほか無いだろ?」とプラグマティズムを装った意見が登場します。これは、一見筋が通っているようですが、大きな問題を抱えています。


一つは、現実的に対応する事で、その差別性が解消されないこと


あなたがもし、1950〜60年代のアメリカ南部を訪れたとしましょう。当時は人種差別がかなりおおっぴらに行われていた時代でしたから、アフリカ系住民らが立ち入れない地域や公共の場というのがあったわけです*1。もちろん、差別者はハッキリと「おめェらみたいな、クロンボが近寄るところじゃねェ!」と銃をちらつかせたりしながら追い払ってくれたでしょう。ですが、そうではない、差別者ではない(と公言する)人々がアフリカ系住民が入る事を歓迎したか、というとそうではないのです。
「(白人コミュニティに)近寄れば、“キミが”危険に晒される。行かない方がいい」と親切に止めてくれたでしょう。その好意に僅かほどの疑いもありません。
「差別には反対だが、融和は現実的ではない、危険だから」
そのような差別反対には何の意味もありません。危険であるのなら危険を取り除くこと、「危険」に対峙する事が必要なのです。


1962年、アメリカ、ミシシッピー大学へアフリカ系青年メレディスが入学を拒否されますが、連邦裁で入学が認められます。しかし、州知事は裁判所命令を拒否、あくまでメレディスの入学を認めませんでした。これに対して、ケネディ大統領は連邦軍を送って、いいですか?軍隊を送ってですよ、メレディスの入学を遂行させたのです。この時の暴動では2名の死者と400名近い負傷者、逮捕者多数が出ました。翌年には、アラバマ州でも同様の事態が起こります。ただ一人、または二人で白人ばかりの大学に入学する事を心配する声はあったでしょう。実際、脅迫は相次いだようですし。彼らの安全のため、という観点から入学に反対する声もあったのです。
勇気をもってそれを為し、それを支える事無しには差別は解消しない。現実的、という言葉は日和る以外の意味は無いのです。


もう一つの問題、それは、親切な方々が自衛を説いてくださるまでもなく、女性達は自衛してきた、ということ。


女性達は物心ついた時から、事によっては物心つく前から、親兄弟から自衛(行動制限)を説かれます。常に、です。男の想像を超えるほどに、危険に晒されている事を感じながら生活しているのです。
その、いわば“自衛のプロ”である彼女たちに、ド素人が“自衛”を説く。これほど、滑稽で醜悪な話もありません。どのような格好をしていようと、何処にいようと、当人の意志を無視して性行為を強いるなら、それは強いる側が100%悪いのです。興奮すること強姦には大きな隔たりがある。ムラムラも何も言い訳にはなりません。それに対して、女性の側に自衛を説く、それも自衛のプロに向かって。それは何を意味するか?
女性が性犯罪に遭ったとしましょう。
あちこちで、実際の性犯罪には服装が地味で大人しい人が狙われる、とか、人気のないところなどでない場所、つまり親族による犯罪が多い事を指摘してくださる方がいますが、自衛を説く連中には関係がありません。


「自衛をすれば被害に遭わない。つまり、被害に遭ったものは自衛が足りなかったのだ。(なぜなら自衛が充分なら被害に遭わないはずなのだから)」


という被害者を責めるための論法になるです。これは「努力すれば、夢は叶う」と同じ、結果からプロセスを定める事にしかなっていないのです。


こうした「自衛のススメ(責任の転嫁)」は、深刻な問題を引き起こします。
まず、そのような見方が行き渡った社会では、加害者の責任を軽くし、被害者へ被せます。苦痛を味わった側が責められる、という無惨な状況に陥ります。そして、このような状況では性犯罪に対する見方が歪みますから、女性の置かれる状況は良くて現状維持、大概は悪化します。


もう一つは、自衛をずっと説かれてきた被害者女性自身が、自分自身を責めてしまうこと。
単に性犯罪被害に遭うだけで被害者はとてつもない苦痛を味わう訳ですが、同時に“不注意だった”自身を責めてしまうのです。それは心への深刻な影響を与えます。ですから、他者からの親切ごかしの「自衛のススメ」が、“セカンドレイプ(二度目の凌辱)”と呼ばれるわけです。その苦痛を和らげてあげるには、自身を責めないように促してあげること。
多角形多面体さんが自身のブログを「あなたは悪くない」とされているのはそういうことなのです。


あなたは悪くない別館
http://d.hatena.ne.jp/manysided/


そして、もう一つの問題は、「自衛のススメ」が強姦者の正当化に使われること。どういった状況でも同じです。「(被害者に対して)こんなところにいるのが悪い、こんな服装をしているのが悪い」という論理で正当化を図る。「オレはワルだから、ワルい事して何がワルい」まで言い切れるヤツは稀です。大概は何らかの形で障壁を下げる正当化を図ります。社会に蔓延する「女性は自衛しろ」の論理は、最も使いやすい正当化の論理でしょう。
コメント欄に涌いたコイツが好例です。(グロ注意)


おいしい蟹しゃぶ捜査官

日本のビッチ女って、よく外人から「いくら?」と聞かれるらしいね。
いくらでヤらしてくれるんだ?ということを外人は尋ねているわけだ。
つまり、日本のビッチは売春婦となんら変わらない格好をしているという自覚ぐらい持てよな。
売春婦と思われない程度の品格のある格好を心掛けてこそレディーというもんだ。
そうすりゃ男の性欲を煽り性犯罪に巻き込まれたりすることを防ぐこともあるだろう。
一度ムラムラすりゃどこかで発散せにゃ気持ちが納まらん男ってのは意外と多いもんだ。
ビッチ女の格好でムラムラして地味な娘を襲うなんて輩もいる。
ビッチ女は自分の格好が原因で他の真面目な娘を泣かせている一因となっているということ自覚しろよな。


さて、ここまで読んで貰えば、女性に自衛を説く事の無意味さが判りますよね?女性は今までずっと自衛してきたし、これからも自衛し続ける事になる。しかし、少なくともその状況に対する異議申し立てはされねばならないし、親切を装った犯罪者側の論理は批判されなくてはならない。ただ、それだけの事なのです。もし、その程度の事が判らないなら、それは強姦者の論理にどっぷりと浸かってしまっている、としか言いようがありません。そのような輩に私が遠慮する必要などありませんから徹底的に批判します。


さて、ついでにコメントに対して返事をしておきます。


munyuu

その具体策は?
それを出せないあなたが自衛策を唱える人を非難する資格は無いですね。

まずは、キミのような性犯罪者予備軍をルドヴィコ療法に掛けることかな?


おいしい蟹しゃぶ捜査官

日本のビッチ女って、よく外人から「いくら?」と聞かれるらしいね。

なんだ?その「らしいね」って。

つまり、日本のビッチは売春婦となんら変わらない格好をしているという自覚ぐらい持てよな。

セックス・ワーカーと同じ格好だと何が問題なんだ?

売春婦と思われない程度の品格のある格好を心掛けてこそレディーというもんだ。

お前が云ってるのって、凄まじい差別なんだが、自分で判ってる?

一度ムラムラすりゃどこかで発散せにゃ気持ちが納まらん男ってのは意外と多いもんだ。

発散しろよ。なんでそれが

ビッチ女の格好でムラムラして地味な娘を襲うなんて輩もいる。

を正当化する事になると思えるんだ?お前、変質者か?


非現実解

上記コメントにも有る通り、痴漢冤罪とかも嫌なので、どうやって効率的に、平等に、男世界と女世界を物理的に分けるかを議論する方がいいと思います。

そんな分ける必要はありません。犯罪者から正当化の根拠を奪うだけでも、だいぶ変わると思いますよ。


EMANON

性犯罪の厳罰化、結構ですよ。ただね、痴漢冤罪とかもあるんですよね。
下手すると一生を棒に振りかねないです。


非現実解

しかしだ、仮に女性がナイフ等で武装した場合、相手を殺してしまった場合どうだろう?

相手は本当に犯罪者だったのか?まさに死人に口無しの状態になる。もっと言うと武装した女性は傷害事件や殺人事件を犯さないのか?

別に構わないでしょう。女性の権利を守るためにはやむを得ない犠牲です。


って、云われたらどう思います?女性は常に犠牲を払う事を当然視されてきたんですよ。私が書いた事が極論に思えたなら、それは自分達が女性に強いてきた事が「極論」であった事に思い至らないと。


hemon

それでも安全に歩ける世の中を現実にしたいのなら、貴方自身それを現実に近づける具体的な行動をしないと嘘ですよ。
貴方が思うことを実現に近づける行動を。
何も行動を起こさず他人任せや口だけでは、何も変わりませんし説得力もありません。

なんで変わらない、って思うの?なんで、行動していないと思うの?


通りすがり

まあ実際大したこと無いと思いますよ。女性の安全は男性の束縛or女性の特権によって保たれるということを只主張したいだけでしょう。

あの程度で、「女性の特権」「男性の束縛」と取るなら、今までが「男性の特権」「女性の束縛」であったことに思い至りなさい。


はてぶです。

TLW 「〜しちゃいけない」という自衛法を選択すると、もし万が一、それを「してしまって」被害にあってしまったときに、被害者が自分を責めてしまう。被害を言いだせない。性犯罪者万々歳だなオイ。

まったくですね。簡潔に述べて頂きありがとうございます。

lemoned1358『彼女が一人で夜空を見上げて散歩出来るよう世の中を変えていく事だろうと思う。』これには同意する。だけど現状自衛を求めるのも必要だと思う。自衛を求めた上で、自分に何が出来るのかを考えるべき。

何度も言っておきますが、女性に自衛を説くのは、釈迦に説法なんです。

tester000 暗黙的なルールではなく、それぞれの男女が男女を人間として見れるように明示的な教育をすればいいのかな

そうですね。曾野綾子達の何が問題か、といえば、自衛を説く一方で、男女平等に関する教育に否定的だからでしょう。

sakamoto3120 女性を強姦しない人間に、これ以上何を求めるのだろうか。

強姦者に正当化の論理を呉れてやらないことです。

sichimin 仰ることはごもっともなんだけど、もっと現実的な話しした方がいいと思うのよ。あなたの理想が実現するまで被害者は出続けてもいいの?俺はぶっ刺してもいいと思うけど、それ全ての女性ができるわけじゃないでしょ。

あのね、女性は自衛しているの。現実として。その現実を変えるために想像力を働かせろ。男が何を女性に強いているか考えろ、って話なの。

varian02 感情的になっているせいで「悪いのは誰か」と「どう対策すべきか」という話がごっちゃになってる気がする。もっと建設的な話しようよ。異常者の男根引っこ抜くのとミニスカート控えるのとどっちが現実的なのさ。

一番現実的なのは、強姦者を正当化する言い訳を徹底的に否定すること。どこであろうと、どんな服装であろうと、強姦に理は無いと知らしめること。

uchuu_yarou「自衛しよう」←「うるさい言われんでもするわ」「なんであんたに言われにゃならんの」という感覚をまず前提として押さえておこうと思う。しかし※はそれどころではない状態のもよう。

まさにこういう事ですよね。

motunabetarou 例えば外務省が(天災が原因ではない)政情不安による渡航危険情報を公開することに対しても同じく抗議するべきだろうか。香田氏が斬首された時、国民全員でイラクに制裁を加えよと叫ぶべきだったか。

この時も「自衛厨」が涌きましたね。一番重要視されるのは、「治安を改善させろ」じゃ無いんですか?

yomimonoya 「女性は物心ついてから、ずっと「自衛=行動制限」を説かれてきたのだ。それが身に染みつくほどに」まったく。これをすっかり内面化しきって「隙があった」と性犯罪の被害者を責める女もまた見ていて哀しい。

これ、性犯罪だけじゃなく、DVでもそうなんですよね。保守的な女性、つまり自衛を内面化した人、の方が女性の自衛を説きたがったりしますよね。曾野綾子はその好例な気がしますけど。


今日の晒し者

Midas バカはお前wもう1ど書いとく「人間は隣人を犠牲にし攻撃欲求を満たし性欲の道具とし殺害しようとする」出典は自分で探しなw

(強調シートン

脳内典拠(別名:妄想)で凄いこと書いてます。とりあえず、彼の人の考える人間はこのような存在だそうです。危険なのでMidas氏には近づかないのが無難でしょう。


では。

性犯罪被害にあうということ

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セカンド・レイプ (講談社文庫)

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ローザ・パークス自伝 (潮ライブラリー)

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追記:
ご指摘により、間違いを修正しました。
ルトヴィコ→ルドヴィゴ
多角形→多面体
名前を間違えるという重大な失態をしたことを多面体様に深くお詫び申し上げます。
ご指摘頂いた方、どうもありがとうございました。

*1:白人住居地域と黒人地域は分けられていた、現在も現実的には解消されていない