クリント爺さんの集大成 グラン・トリノ(ネタバレあります)
コワルスキーは元フォード工場の工員。妻に先立たれた彼の僅かな楽しみは、彼自身が製造に関わった72年製グラン・トリノをピカピカに磨き上げ、玄関脇のポーチでビールを飲むこと。心に傷を抱え、故に誰にも心を開かず悪態をつき家族からも疎まれるコワルスキーの生活に変化が起きる。産業が衰退し住民が逃げ出した隣家にモン族の家族が越してきたのだ。
まあ、あちこちで言われている事ではあるが、凄い映画だった。もう、ただただイーストウッドの手腕に脱帽。連休の最後頃、ちょうど雨ゆえに外出せず溜まっていたDVDを見たおしていたが、その中に「ミスティック・リバー」があった。もちろん、これも傑作で なんせあのティム・ロビンスが絶賛するくらい 感銘を受けたのだが、グラン・トリノはそれに勝るとも劣らない。ストーリー、演出、キャラクター、全てにおいて完璧。監督兼役者としてイーストウッドの本領発揮と言うところ。
ストーリーとしては、もちろん老人と少年、ポーランド系とモン族、と異なるもの同士の(そのギャップも手堅く作中で現れる)交流が描かれていたりする。朝鮮戦争で心に傷を持つ老人、その罪の意識ゆえに誰にも、おそらく亡き妻にも、苦しみは打ち明けず、ゆえに疎まれてしまう。しかし、そんな彼が心を開くのは、その彼に「GOOKS」と呼ばれてしまうモン族の家族。彼らの、特に頼り無く見える少年、タオとの関わりが老人の心を揺れ動かす。
面白いのが、心を開かず、ゆえに偏見の固まりみたいなコワルスキー自身がポーランド系であること。ポーランド系というのは、アメリカへの白人の移民としては最後発。イタリア系、アイルランド系、東欧ユダヤ系と共に差別の対象だ。それがゆえに、最も“アメリカ人”らしく振る舞うし、それを誇りとしている。アイルランド系が警官、消防士となるケースが多い事は以前説明したが、ポーランド系は軍人となる事が多かった。差別に晒されるがゆえの処世術。同時にブルーワーカーとして生きる人々も多いわけで、そのままコワルスキーという人物像が、アメリカの“サイレント・マジョリティー”であるわけだ。そのへんは、イタリア系の床屋に悪罵を投げつけ合い、アイルランド系の建設監督が数少ない仲間である事にも伺われる。
ポーランド系移民について描かれた映画といえば、マイケル・チミノが会社を潰すに至った「天国の門」なんかがある。
それにしても、この映画の何が凄いかって、それはこの映画がイーストウッドのセルフ・オマージュが盛り込まれている点だろう。
すでにあちこちで書かれているけど、イーストウッドの代表作「ダーディーハリー」においてはハリーはラティーノや女性とコンビを組む。彼らを鍛える、わけだ。ウォルト爺さんが隣家の娘スーを救うシーンなんて、まんまダーティーハリーを意識している。ボンクラなガキを鍛えて一人前に育てる、朝鮮戦争上がりの軍人、なんてのは「ハートブレイク・リッジ」だ。頑なゆえに家族から疎まれ、阻害されているもの同士心が通い合うが、それが悲劇を生む、なんてのは、「ミリオンダラー・ベイビー」そのもの。
アメリカの心を色濃く受け継ぐのはオレ達移民の子孫だった。それは、次の移民達にこそ受け継がれる、なんてこゆいテーマに、さらにセルフ・オマージュまで盛り込んでしまうのだ。その職人芸には驚かされる。しかも、それはかつての彼のスタンスを見事に裏切るのだ。
(ここからネタバレあります)
ラストがまさにそれだ。ハリーキャラハンなら、チンピラ共を吹っ飛ばすだろう。「許されざる者」のマニーなら、許しを請いつつ始末する。「ミスティック・リバー」や「ミリオンダラー・ベイビー」なら、悲劇の中に巻き込まれ苦悶するだろう。
そうした決着をコワルスキーは取らないのだ。今までの自分の生き様をオマージュを通じて否定してしまう。驚くべき事だ。しかも、その衝撃的シーン、銃を取り出すように見えたが、実はライター、で誤射?によってコワルスキーは死に至り、チンピラ共は刑務所送り。復讐するかに見えて、しかしイーストウッドは復讐という手段を選択しない。彼が選択したのは、復讐させずに(隣家の)家族を守る、という事だった。そのシーン自体、イーストウッドの出世作、「荒野の用心棒」のオマージュなわけだ*1。
今まで培ってきたイーストウッドというものを否定してしまうのである。凄いな。
さて、イーストウッドの映画は画面がとにかく綺麗だ。構図も完璧。監督としても凄いのだなと感心する。そして、なにより音楽。
自分は「許されざる者」のエンディングテーマがひどく好きで、ギタリスト村治香織さんのコンサート聞きに行った時、これが掛かって「これだよ!」と思ったのだが、また局名を忘れてしまった。このグラン・トリノの音楽もいい。息子が音楽担当だそうで、ミスティックリバーもそうだったが、親子で才能を認めあえるというのに羨ましさを感じる。
最後に。なぜかイーストウッド映画では魅力的な女性が登場することが少ないのだが、今回のスーは可愛かったな。こんな娘が、嫁 娘だったら、いいなと思う。
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*1:その有名なシーンは、バックトゥザフューチャー3に登場する